カテゴリー:琉球・沖縄 アイヌのこころ

  • 清水町のアイヌの歴史⑧

    日付:2024年04月12日 カテゴリー:琉球・沖縄 アイヌのこころ

    ⑧清水町のアイヌ語地名熊牛(クマウシ) アイヌ語では、クマウシイ・クマウシで、アイヌ語の意味は、物干し多くある所です。クマは、先が二股になった棒を二本立てて、上に物干し竿を渡し、魚などを懸けて干したもののことです。 川上 […]

  • 清水町のアイヌの歴史⑦

    日付:2024年04月11日 カテゴリー:琉球・沖縄 アイヌのこころ

    ⑦アイヌの歴史から豊かな未来へ 堀内光一が帯広のあるアイヌの男性から聞いた利春の言葉が、堀内の著書に記されています。その表現から、強制移住後のアイヌの人達が辿っていた境遇と、それを見ていた利春の様な当事者の想いがよくわか […]

  • 清水町のアイヌの歴史⑥

    日付:2024年04月10日 カテゴリー:琉球・沖縄 アイヌのこころ

    ⑥曾祖母・セイと山田利春 北海道出身の作家、堀内光一の著書「軋めく人々アイヌ」(平成5年発行)に、清水町にかかわる十勝の開拓当時からの様子も記録されています。  その概要は、明治16年4月、依田勉三ら13戸、山 […]

  • 清水町のアイヌの歴史⑤

    日付:2024年04月09日 カテゴリー:琉球・沖縄 アイヌのこころ

    ⑤アイヌ民族の苦難の道  ニトマップコタンは長年、アイヌの人達が日高山脈を歩いて越える前の最終拠点として、重要な役割をしていた様です。 当時の人舞村に住んでいたアイヌの人達が毛根の芽室太に移住させられた明治18年、シルン […]

  • 清水町のアイヌの歴史④

    日付:2024年04月08日 カテゴリー:琉球・沖縄 アイヌのこころ

    ④アイヌの人達と開拓者の暮らし 清水町の旭山地域には、明治30年頃に渡道し毛根に入植してから、洪水が酷くて大正6年に旭山に移住した家が何軒かあります。  十勝の海岸の河口近くでも同様に洪水で畑を流されていた多く […]

  • 清水町のアイヌの歴史③

    日付:2024年04月07日 カテゴリー:琉球・沖縄 アイヌのこころ

    ③アイヌ民族の土地を奪った移民政策 明治9年の記録では、シルンケアイノは52歳で、十勝の脇乙名(わきおとな)と記されている事から、十勝全体のアイヌの二番目の乙名でもありました。彼らアイヌにより本町の場所は「ペケレベツ(明 […]

  • 清水町のアイヌの歴史②

    日付:2024年04月06日 カテゴリー:琉球・沖縄 アイヌのこころ

    ②ニトマップに集落を築いたアラユク 清水町でも縄文時代の人々の暮らしの形跡が出土しています。北海道では、弥生・古墳文化の代わりに続縄文文化がありました。その後半の6世紀頃から10世紀に、北からのオホーツク人の移民によって […]

  • 清水町のアイヌの歴史①

    日付:2024年04月05日 カテゴリー:琉球・沖縄 アイヌのこころ

    六度 蝦夷地へ来たことは年表にも…~中学生のためのふるさと歴史読本~清水町の昔を訪ねて明治・大正・昭和~十勝清水郷土史研究会~①松浦武四郎 宿泊の地 北海道の名づけ親の松浦武四郎は、この地が蝦夷と呼ばれた時代に、私人とし […]

  • 方向転換~メイン 最終

    日付:2023年04月10日 カテゴリー:琉球・沖縄 アイヌのこころ

    近くには、パパイヤの木がペリー提督 上陸の地と泊外人墓地その先にある泊いゆまち 何度か通いました 大間のマグロ よく聞きますが、沖縄マグロも有名なんです朝食は生とたたき ちょっぴり堪能意外と知られていませんが、 […]

  • 方向転換~メイン⑤

    日付:2023年04月08日 カテゴリー:琉球・沖縄 アイヌのこころ

    泊港に置いてありました よし 行こう慶良間諸島は2014年3月5日(サンゴの日)日本国内で31番目に国立公園に指定され、今年9周年を迎えます。同年、「チームけらま』は慶良間諸島の環境保護と魅力のさらなる発信を目的に発足し […]