おたる百年の点景 ⑪ 海運

2015年03月08日

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 小樽開基のころ、冬の寒さはいまよりずっときびしかった。海は荒れ狂い、海岸には氷も張ったらしい。十月から三月まで往来する船もなく、ニシンを追って移住してきた“小樽っ子一世”たちには心細い毎日だった。ようやく岸の氷も薄くなってきたころ、沖にぽっかりと姿をみせる春の第一船。氷を割りながらの入港なので“ざいわり船”(『ざい』=薄氷の北陸方言)と呼ばれ、五百石から千石積み(いまなら百㌧)の弁財船(和船)が北陸地方から米、みそ、呉服、雑貨といった生活物資を満載してやってきた。得意先の店からは、番頭がつのだるに酒を詰めて船頭を出迎え、店では主人はもとより一家総出のもてなし。店の土間に荷が積まれると、部落に活気がみなぎり、近づくニシンの群来(くき)の備えに拍車がかかった。商港小樽が夜明けを迎えたころ、春がくるたびに繰り返された光景である。

 明治二年、開拓使の本府建設地が札幌に決まったときから、ニシン場小樽の玄関口は北海道の玄関口と輝かしく役どころを代え、躍進のスタートを切った。開拓使はシケに弱い和船を汽船に切り替えながら八年から小樽~函館~東京間に月一回の定期航路を開始。十三年には民間定期航路の先駆として三菱が函館~小樽航路を開設、同年には札樽間の鉄道も開通して、小樽経由の旅客貨物は激増した。しかも十六年から三菱と共同運輸との激しい集荷競争で運賃は下がる一方。本州から物資を仕入れていた小樽商人を喜ばせた。この二社があまりの競争に音をあげ、十八年に合同して生まれたのが小樽にもなじみの日本郵船会社である。

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 二十年代には道内沿岸、本州との航路も整い、商圏は拡大する一方。日清戦争後の景気の波に乗って地元企業も底力をつけ、次の日露戦争で南樺太が領有されると開拓の前線基地としてさらに飛躍。欧州大戦を迎えて世界的貿易港にのし上がり、三十年には移出入額三千八百六十四万円と先進港函館の二千百三十万円を抜いて文字通り本道一の商港となった。

 『本港百年ノ大計ヲ立ツルモノナリ』と小樽区役所が明治三十六年に造った小樽港修築設計書では百年後の出入貨物の見通しは三百万㌧それがわずか二十八年後の昭和六年に三百二十万㌧を記録。同十四年には戦前最高の四百十一万㌧に達した。まさに想像を絶する躍進ぶりだった。

 本州との取引はなんといっても多く、全体の八、九割を占めていたが、花やかな話題をふりまいたのは外国や樺太とのやりとり。中でも大正三年第一次欧州大戦を機会に爆発的な伸びを見せた雑穀、でんぷんの輸出は花形で語り草も多い。当時の雑穀同業組合で英語を読める者は熊谷哲男という若い書記ただひとり。引き合いの“赤電報”(国際電報)ひとつで相場が大きく左右された。電報の内容を引き合いと早ガテンして相場をつり上げたのに、ただの問い合わせとわかって急に下げ一日一円、いまなら千円ぐらいの値動きが三回もあったというエピソードが残っているほど。

 欧州大戦で欧州産地が戦場になると豆類の輸出はその極に達し、青エンドウは明治四十一年の六十㌔三円四十五銭が大正五年には二十六円にはね上がっている。でんぷんも同様に、食糧、工業用に引き合いが殺到、豆類、でんぷんの相場は天井知らずといったありさま。このころ“小豆将軍”高橋直治、“でんぷん王”井上宇太郎らの成り金を生んだ。

 明治の末から三井物産(明治四十二年)鈴木商店(同四十三年)三菱商事(大正七年)の財閥商社も次々に小樽に進出、とくに三井物産は小樽に木材の本部を置き、若き日の藤原銀次郎をはじめそうそうたる顔ぶれが腕をふるった。現在でも小樽港から全道生産の九十%を積み出すインチ材を明治四十二、三年ごろ初輸出している。

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 海運業者もこの大戦の船腹不足を契機に板谷宮吉、藤山要吉、山本久右衛門らが小樽から日本海運界に進出、また大正三年創設の北日本汽船が小樽を中心港として樺太航路を伸ばし、港は連日数十隻の貨客船でにぎわった。ピーオー、ブルーファンネルの世界の有数船会社も小樽に船を入れ、大正十三年には年間入港船舶六千二百四十八隻と現在も破られぬ最高レコードを作った。不景気でも小樽には必ず積み荷があると『○○丸貴地ムケタ。ヨロシク。』の電報が、小樽の回そう店に飛び込んできたものだ。

 第二次世界大戦は小樽から樺太を奪い、農産物市場も道東が中心。加えて、貿易の対米偏重から室蘭、釧路、苫小牧港など太平洋沿岸港が躍進して小樽港を全道一の座からひきずりおろした。内国貨物の増加で年々扱い量は最高記録を更新するとはいえ、雑穀輸出が姿を消し、逆に年間三十万㌧近い米穀類を大型外国船が運んでくる現在の小樽港には、苦い歴史の皮肉がただよっている。

CIMG9274おびただしい船群で賑う大正末期の小樽港

 

CIMG9350沖に停泊する2隻の船