カテゴリー:鯡

  • 船頭の部屋

    日付:2017年09月22日 カテゴリー:鯡

    2月12日水族館へ水族館へ伺った時旧茨木家中出張番屋の内部も見学させていただきました船頭の部屋だったそうです

  • ニシン漁家列伝 小樽関係抜粋 高島場所⑥

    日付:2017年09月22日 カテゴリー:鯡

     茨木与八郎 高島郡祝津村  茨木家は代々与八郎を襲名している。四代与八郎は羽後国飽海郡比子村字青塚に生まれ、万延元年(一八六〇)鱈釣漁に祝津に来住、石狩川の鮭漁などにも出稼して蓄財し、明治十年(一八七七)に三 […]

  • ニシン漁家列伝 小樽関係抜粋 高島場所④

    日付:2017年09月21日 カテゴリー:鯡

    南 弥太郎 高島郡祝津村 南弥太郎は、万延元年、越前国南条郡河野村に生る。商船に乗じ廔々北海に航して、各地の状勢に通ず。明治二七年、小樽の田中武佐衛門の漁業部に勤め、忠勤・誠実と評せられた。同三四年に独立して高島村で漁業 […]

  • ニシン漁家列伝 小樽関係抜粋 高島場所③

    日付:2017年09月20日 カテゴリー:鯡

    寺田 磯吉・大吉 高島郡祝津村 寺田磯吉は江差の人。明治初年、大吉を伴い、高島郡祝津に移住し、鰊漁業に着手した。夙に搾粕の時代の過ぎたのを知り、鰊製品の改革を唱えた。(出典:小樽区外七郡案内) 昭和六年、祝津村内の寺田姓 […]

  • ニシン漁家列伝 小樽関係抜粋 高島場所①

    日付:2017年09月20日 カテゴリー:鯡

     高島場所といわれたのは、現在小樽市に編入されている、色内(いろない)、手宮、高島、祝津(しゅくつし)の四村を指している。色内と手宮は都市化が進み変貌してしまったが、祝津は、往時のおもかげを止め、昭和二十〇年代までは、鰊 […]

  • ニシン漁家列伝 小樽関係抜粋 忍路場所③

    日付:2017年09月04日 カテゴリー:鯡

    本間 栄太郎 忍路郡蘭島町 栄太郎は明治二〇年二月一一日忍路に生まれ、蘭島で育つ。二二才のときから忍路の鰊漁場に歩方の一人として参加。三〇才のとき独立して歩方網の親方となる。その後昭和三六年まで、直営を避け、一貫して、歩 […]

  • ある老親方~その六

    日付:2017年09月02日 カテゴリー:鯡

     本間さんは最後にこういっていた。 「私は自分の思っていること、またしてみたいと思っていたことは、一応全部やってきた。これからの余生は生きている限り元気でいたい。今までの人生で一番想い出になるのは矢張り昭和三十六年四月二 […]

  • ある老親方~その五

    日付:2017年09月01日 カテゴリー:鯡

     北海道西海岸の鰊漁もいよいよ終局に向かい、鰊業者は皆鰊に見切りをつけて転換し、また廃業していった。往年のニシン漁場として繁栄した浜は見る影もなくさびれていった。 沿岸に軒がかたむき、窓ガラスが割れた漁舎が点在し、囲いの […]

  • ある老親方~その四

    日付:2017年08月31日 カテゴリー:鯡

     昭和二十五年四月一日から鰊の物価統制が解除された。そのころコメとニシンだけが解除されないままになってゐたのである。 統制中の鰊の価格は十貫(約四十㌔)一円五十銭で売らなければならなかった。しかしいくら統制令だからといっ […]

  • ある老親方~その三

    日付:2017年08月30日 カテゴリー:鯡

     昭和十年以降鰊の漁獲量がぐっと減ったことから、北海道庁では昭和十二年に北海道鰊対策委員会を発足させ、今後の鰊繁殖問題に取り組んだ。 本間さんは後志地区代表としてこの委員会に参画した。 この時、北海道庁側から示されたのは […]