お知らせ・日記

  • ふ頭建設進める 寺田省帰

    日付:2023年02月03日 カテゴリー:乾児 絆

    「北辰社」の主幹で来樽 一口にいって太っ腹な、いたって話のわかる人。死に金を出すことをなんとも思っていない。会社、公共事業など頼まれたものにはなんでも出した。こういった面はちょっと俗人の目には理解できぬほど。それほど省帰 […]

  • インテリア和光

    日付:2023年02月02日 カテゴリー:小樽市指定歴史的建造物

    さまざまの人の利用を経てきた赤レンガ四階建てのインテリア和光~赤レンガの壁 厚さ約60㌢~ 浅草通り、大国屋の向かいにあるインテリア和光は、表はカラーテントで覆われているものの、創建当時そのままの四階建ての赤レンガ造りで […]

  • 海運、銀行の設立 向井嘉兵衛

    日付:2023年02月02日 カテゴリー:乾児 絆

    家憲「利益を社会奉仕」 向井家の隆盛のために①子孫を反映させること②利益の二割は社会奉仕にすること③名誉職につかぬこと…という家憲がある。三代目向井真吾(札幌在住)=中△(なかうろこ)向井=はこれをよく守り質素をむねとし […]

  • 魯山人の料理修行

    日付:2023年01月30日 カテゴリー:魯山人

    鎌倉・星岡窯(昭和2年の開設当時)「料理も芸術なり」 とは、魯山人が三十代の初め内貴清兵衛から教え込まれて以来、自らも信条とした言葉であった。料理も芸術とは、要するに料理の‶味〟によって、人を高い感動に導くということに他 […]

  • 政界の大立て者 板谷順助

    日付:2023年01月26日 カテゴリー:乾児 絆

    本道の農業立国訴える 本道政界の大立て者で、昭和の初め衆議院議員として活躍した。 『北海道は農業で生きるべきである』というのがこの人の持論で、日高、上川、雨竜地方に農業を経営、農業の指導機関である道農友会の会頭として当時 […]

  • 仕事一筋の人 柴野仁吉郎

    日付:2023年01月25日 カテゴリー:乾児 絆

    陰ひなたなく懸命に 仁吉郎は明治二十年十月十日新潟県柏崎市荒浜で漁網製造業柴野仁十郎の長男としてうぶ声を上げた。 仁吉郎は長男という重責から中学を出ると家業を継いだが、毎年暮れになると父が漁網の代金を集金するため、来道し […]

  • 小樽‐新潟間定期航路の開設 板谷宮吉

    日付:2023年01月24日 カテゴリー:乾児 絆

    英国から貨物船を購入して 宮吉は一代の成金なり、越後国刈羽郡高浜町大字宮川の人。安政四年一月生まる。明治十六年志を北海道に立てて小樽に渡来し苦境に処して健闘すること数年その後独立して商業に従事…。『北海開発事績』にはこう […]

  • 本道でも米を 石橋彦三郎

    日付:2023年01月23日 カテゴリー:乾児 絆

    上川百万石の生みの親 上川百万石の米産地の生みの親といっても過言でない。兄彦三郎の営んで居た呉服商を手伝っていたころから本道特産の大豆を生かすのはしょうゆと、兄の死亡後しょうゆ醸造を始め、東京、大阪方面へどんどん送り込み […]

  • 海運の先導 藤山要吉

    日付:2023年01月21日 カテゴリー:乾児 絆

     深川から増毛に至る留萌本線。そこには十二の駅がある。それらの駅名は北海道の地名と同じパターンでアイヌ語の意訳や訛化を和語にしたものが多いが、そういう常套とは異なって日本人の姓を冠したのが三つもあるから他の鉄道線に比べて […]

  • 藤山要吉と小樽市公会堂

    日付:2023年01月21日 カテゴリー:小樽市指定歴史的建造物

      商都小樽の功労者として知られる藤山要吉は、嘉永4年秋田市に生まれた。生家は藩主御用達の油製造業を営んでおり、彼の天才的ともいわれる商人としての勘は、この時からすでに培われはじめていた。 慶応3年、産業開発の波が押しよ […]