喫茶 ポータル(住吉町九₋三)

2026年05月31日

神奈川県海老名市史叢書

 明治九年(一八七六年)七月二十五日開拓使御用船玄武丸で英語学校生徒ら一行と、北海道開拓使長官黒田清隆、そしてはるばるアメリカから来日し、札幌に新設される札幌農学校の教頭に赴任するW・S・クラーク博士が乗船し、品川沖から七月三十日小樽港に入港した。博士は直ちに馬で、陸路札幌の農学校へ向かった。

 いわゆる「BOYS BE AMBITIOUS」(青年よ、大志を抱け)で有名なW・S・クラークが、北海道に第一歩を踏んだのは小樽のことで、しかもその通った道がこの目の前の道と云うことである。

おたる今昔 昭和55年9月17日~10月21日連載 読売新聞より

手宮に上陸したクラーク博士が馬で通った 三本木急坂(今は急ではありませんが、かつては雪が降ると上れなくなるような急坂でした。このため、小樽郡役所は二回にわたり道路を二メートルずつ切り下げました。…。三本木という名は、坂の中腹に三本のアカダモ(ハルニレ)の大木があったことに由来します。この木は、明治十八年の切り下げで伐採されてしまいましたが、海を渡る船乗りたちの良い目印になるほどの立派なものでした。

札幌へと向かった 山之上の坂(安政四年〈一八五七年〉、オタルナイの場所請負人、岡田半兵衛は雇漁夫百五十人を動員し、有幌と信香の間の高台を開き、ここを山之上町(現在の住吉町)としました。翌年には有幌から山之上町を経て信香に至る新道(長さ五町、幅四間)が開かれ、この道が今の三本木急坂と山之上の坂です。このように町名が坂の名の由来となったわけです。

赤坂(大正時代、坂の下の右手に高橋直治の豆撰(まめせん)工場〈豆類のえり分け作業場〉がありました。高橋直治は、第一次大戦による品不足で高騰した豆類を欧州に輸出し巨利を得て「小豆将軍」と呼ばれた小樽商人です。たくさんの女子行員が、工場への行き来にこの坂を通っていたそうです。…。

~2006年出版 小樽市広報広聴課著より

 

三つの坂の角地に立つ

旧 若林ガラス店(明治四十二年創業 初代 若林丹治氏 二代目 若林喜次氏 三代目 若林省一氏)

この建物は、大正十二年十一月に初代 若林丹治(新潟県佐渡出身)さんが、ガラス販売業を創業され、建築業者は現地より数軒下にあった大常(ダイツネ)・竹内組で工事期間約四ヶ月で当時市内でも極めて珍しいトタン張り四方屋根作りは近所の人々からハイカラね、と評判が良かったそうです。土地面積は四百十二㎡建坪百八十㎡。色は当初グレー系統で非常にモダンな感じ。当時は山の上町と呼ばれ、創業者、若林丹治社長は昭和十八年から四年間、第八公区第七町内会長を務められ、二代目若林喜次さんは永年副会長を務め、その後、住吉町町会会長を。三代目若林省一さんは、現場で第一線の仕事をするかたわら、町会にあっては青少年部でも大いに活躍、その後…。

昭和初期は旭硝子の代理店もしており、ガラスはすべて旭硝子。卸売七〇%小売三〇%の比率でした。…。

 

~「語り継がれる町おたる 第2号 中一夫/【ほか】編」道新小樽販売所出版会 1993年より

 

2026.5.1 喫茶ポータル 

明治時代に建てられた石蔵

必見です

 

今日は5月31日(日)

最後は

限定5食

小樽港防波堤施設

・区分:国指定重要文化財

・所在地:小樽市手宮1丁目地先ほか

・指定日:令和8年1月15日

・問い合わせ先:国土交通省北海道開発局小樽開発建設部小樽港湾事務所

 

小樽港防波堤施設は、明治30年から大正10年にかけて建設されたもので、手宮方面から伸びる「北防波堤」、平磯(築港)方面から伸びる「南防波堤」、そしてそれらの中間にある「島防波堤」で構成されます。

明治30年から明治41年にかけて行われた第一期工事では、北防波堤の建設が、そして明治41年から大正10年にかけて行われた第二期工事では、南防波堤、島防波堤の建設、北防波堤の延伸が行われました。

防波堤の建設に当たっては、廣井勇、伊藤長右衛門といった日本人技術者の実学的な設計や先進的なアイデアが活かされています。

特に、第一期工事の建設を統括した廣井勇が、堤体に「スローピング・ブロック・システム(斜塊積み)を採用するなどして防波堤の安定性を高めたこと、また、当時充分解明されていなかったコンクリートについて強度や経年劣化を調査したことなどは、近代土木工学において全国的にも注目されるものです。

また、第二期工事を統括した伊藤長右衛門は、堤体に使用した「ケーソン」と呼ばれる巨大なコンクリート製の函(はこ)を、斜路を使って海中に落とす方法を考案しました。この画期的な方法は、のちに各港の建設で用いられました。

小樽港防波堤施設は、明治前期まで外国人技師が統括していた港湾設備において、日本人技術者が、調査から、計画、設計、製作、施工までの全てを統括した、記念碑とも言える施設です。

当時の最高水準の技術で築かれた防波堤は、施工から100年以上経った現在もなお小樽港の安全を守り続けています。

北海道開発局小樽開発建設部小樽港湾事務所内にある「みなとの資料コーナー」では、小樽港建設の歴史を紹介しています。詳しくは、北海道開発局小樽開発建設部小樽港湾事務所のホームページをご覧ください。

※防波堤は越波等により危険なため立ち入り禁止です。

 

お問い合わせ

教育委員会教育部生涯学習課

 

~小樽市役所ホームページ より

 

※そば会席小笠原 6月より『朝までコース』復活します。