田中福松と鰊御殿

2016年04月09日

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 天保5年(1834年)青森県東津軽郡に生まれた彼は17歳で渡道。傭夫として精勤し、のちに泊村場所請負人となる。彼の経営した鰊建網は最盛時18統に及び、西海岸屈指の資産家に数えられた。

 粗衣に甘んじ質素を旨とする彼の操守の厳は、万金の私財を公共事業に投ずるとも含まず、傑中の真傑と謳われた。

 大正6年(1917)、数々の偉業を讃えられその生涯を閉じる。

 明治から大正にかけての鰊漁全盛の頃、積丹半島を中心とする後志沿岸には豪壮な鰊番屋が多数建築された。住居の他、鰊の加工場としても使用され、春先の盛況時は漁夫を含め100名を超える、人々の生活の場であった。

 明治30年、福松により泊村に建築された鰊御殿は、7年の歳月と巨万の富を注ぎ、北海道の風雪に耐える堂々たる造りとなっている。

 主として使われたタモ・セン・トド松等の用材は道産原木3,000石にのぼり、弁財船で東北より取り寄せた檜も、一部使用。大屋根中央の切妻天窓、伽藍調を帯びた大屋根の庇、正面玄関の円屋根と直線の小庇との対照、脇玄関の庇を支える象鼻など、民家には珍しい建築様式となっている。

 昭和33年現在地へ移築され、同35年、北海道有形文化財の指定を受けた。

~おたる 歴史への誘い

月刊ラブ おたる 平成2年4月号~4年12月号連載より

IMG_5050〈北海道指定有形文化財〉

一般には、にしん御殿と呼ばれていますが、正式な名は

「にしん漁場建築」

『いよいよ今日からオープンです。』