今は廢墟の南郭 名案!アパート

2015年04月12日

貸座敷が凡そ素人下宿に轉向するなんて嬉しいぢやありませんか明治三十三年、住ノ江町(當時住吉町)から引越して來て一頃は四十軒もあつた南郭が今は昔の面影もなく、残るは榮華を偲ぶ石門と兩側に並ぶ數十株の櫻樹が冬枯れの色もさびしく「貸家あり」の札に吹く風もつめたい、現在營業をつづけてゐるのは山一、加陽、旭の三樓しかも女はひつくるめて九名きりとは聞くだに苦になるといふもの廢きよのやうな廓内にその形ちをとどめるのは前の三樓に五軒しかないり變やうである、昨年アパートと變つた松鶴樓も不況にもちきれず沒落して、僅に金盛樓が内部を改造し、中庭に長屋一棟を建築して十五軒の借家持ちとなつたのが異色とする位なもの、家賃も市内に比較して二割方安い處から借手が多くがサラリーマンといふのも面白い十余軒からあつた飲食店も何所へやら、附近にはこの夏から出來た北野味噌工場と近く完成する尾角麩工場の異様な建物がここにも時代の色をこく見せてゐる、次代は移る、街は變る、それが不夜の巷だけに一入悲み深いものがある

 CIMG9968

 CIMG9969

(寫真は明治四十五年當時の南郭全景(下)と金盛樓改造の貸家(上)

~小樽今昔ものがたり(上) 変る地帯 二

 昭和十年十二月十二日より

 

CIMG9970今年も群生が

CIMG9971エゾエンゴサク