国鉄の高架化

2015年08月14日

 ふるい小樽の町だけに、鉄道の開設されたのが、日本では三番目である。第一番目が東京から新橋、第二番目が京都から神戸、第三番目が小樽から幌内間、開通したのが明治十三年である。これは、道内出炭地から小樽港を経て本州へ石炭を輸送するためである。(手宮線という)

 これとは別に、函館-小樽間、いわゆる函館本線が開通したのが明治三十六年である。この二線のうち、前者手宮線の南小樽駅と後者の函館本線の小樽駅とは全く隔絶しているので、これをつなぐのに、密集した小樽の町を斜めに横断する路線をつくったのが、函館本線開通直後(明治三十八年)である。この区間が約一・六キロメートルで、明治末期から最近までそのままになっており、これが小樽の交通上最大のガンであった。というのは、わずか一・六キロメートルの間に、国道が一本、市道が三本交差し、踏切によってしゃ断され、この区間の列車通過は一日百三十回(昭和三十三年ごろ)閉鎖時間が延べ百三十六分間にも及び、そのころすでに自動車その他交通機関の発達増加(たとえば昭和三十六年における国道だけの一日当たり実数調査によれば、トラック三千五百八十台、自動三輪車、二千二百三十台、バス九百五十台、乗用車四千三百八十台、原動自転車、二輪車四千四百六十台、軽車両三百三十六台、自転車三千百五十台、歩行者一万五千四百人)に伴って此の鉄道と道路との平面交差が非常な支障をもたらし、小樽の都市改造および市発展の基本的な障害であるというので、明治末期から大正、昭和にわたってこの隘路解消が全市民多年の悲願であった。それが年ごとに増加する交通量と、それに原因する事故ひん発との悪循環と相まって、いよいよ立体交差への要望が切実に押し迫ってきた。しかしこれが解決への時々の運動も、いっこうに実現の見通しがなかった。

 私が市長に就任すると、幾多の難問の中のひとつとしてこの平面交差解消を取り上げ、取りあえず、国鉄関係者に打診要請を続けた。しかし国鉄側は「国鉄としてはこのままでなんら支障はない。困るのは道路側であって、道路管理者の負担においてなすべきであろう」ということで、なかなか小樽の願意を本社に反映させてくれず、厚い壁となった。

 そこで直接運輸省内の国鉄本社を何回か訪問し、担当者あるいは建設関係者等に交渉を繰り返した。その結果少しずつ事務的に理解が熟成し、なかんずく、かつて北海道支社長をしておられた大石重成常務理事、同じく今岡鶴吉関東支社長(理事)が、いずれも札幌在任中よく事情を認識し、この問題を知悉していた関係上、かなり話が進み、さらに十河総裁、安孫子副総裁にはそれぞれの知人の紹介を得て懇談を重ねた結果、これが問題解決に国鉄も本腰を入れて実施するということが決定されたことはまことに喜ばしい限りであった。というのは、前述の理由のほか、当時国鉄本社の話では、全国の踏切を解消すべき個所が千を数え、そのうち九十か所をこの五年以内に実現するというだいたいの格付けができていた。小樽の場合はこの五か年計画に入っていない。したがってそれだけに取り上げることは非常に困難であるということで自分としても、悩みと同時に一層の努力を払わねばならなかったのである。

 かくてこの問題は、本社から札幌の北海道支社におろされ、道支社、札幌鉄道管理局が中心となって調査を始めることになり、道路を高架橋にするか、軌道高架にするかに問題しぼられたが、付近道路は勾配一〇〇分の五で到底工事不能であることが判明し、鉄道を連続高架にするほかないという結論に達した。その結果、工費六億五千万円(そのほか現在の単線を複線とした場合の経費は全額国鉄負担)。その分担については国鉄が五一%、開発局(国道の関係上)二七%、小樽市二二%ということになり、そのほか国鉄負担分のうち一億二千万円は、小樽が鉄道利用債を引き受けるという条件であった。私は、市の関係職員の助言のもとに、これを承諾し、鉄道利用債は市民の有志にお願いすることを腹づもりし、二二%の市の負担分については、都市計画の変更を建設省の承認を得て約七割の国庫補助を期待し、市単独の出費は四千万円弱でおさまるという見通しのもとに議会に提案をし、この事業が着手せられた。昭和三十六年であった。

 思えば、今日激化の一途をたどる自動車交通量の増加を考えれば、この断行は経済的にもまた都市改造の点からも、大きな収穫を得たものである。しかも国鉄だけの負担一億円で単線を複線にし、またこれがひとつの足がかりとして小樽ー旭川間(現在は滝川まで)の電化が実施されたということは、北海道における鉄道交通の画期的な事業であったことは疑いのないところである。また市にとっては、この高架下をショッピング・センターとし商店街に造りあげることができることとなったのは副産物であり、いずれにせよ、今後この種の事業が道内各地に推進されることは、北海道開発に大きく貢献することを確信する。

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~安達与五郎追悼録

安達与五郎遺稿 わが回想録 国鉄の高架化より

 

IMG_1187雷が聞えたので外を見てみると

IMG_1188真冬によく見られる光景

IMG_1191高島そして小樽市内は雨?