流芳後世 おたる 海陽亭 (四)

2016年01月08日

 

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『2階大広間天井』

 調査の結果、天井は建築当時と変わっていることが判明した。

 古い資料から建築当時の資料は、棹縁天井と思われたが詳しい調査の結果、棹縁より上等な猿頬天井であった。

 床の間付の部屋は床挿しを避け、床の間と平行に二尺間に棹が打たれていた。

 床の間の無い部屋は、床の間の有る部屋に向かって二尺間に棹が打たれていた。天上板も二尺幅であることは解ったが、板材や取り付け方法までは、解らない。しかし、猿頬面を施した棹を用いてゐることから、杉の板目木材程度の 材料でなかったかと思われる。大広間を取り巻く回廊は杉の板目木材であり又、ちなみに大正時代に建った中広間の天井は、猿頬面天井で板材は、杉の板目である。

 いかに杉目材といえども、長さ4間、幅2尺の杉板を、2階大広間だけで58坪必要なのである。

 杉材を用いたとすれば、当時としても結構な金額であったに違いない。 四つに仕切られていた大広間はしばらくしてから一つになった。

 建築当初の間仕切りと欄間を外し、更に天井を一つ仕上げた。天井全部を床挿しを避けた板張りとするには、以前の天井材だけでは不足してしまう。

 これを補うとすれば、古い材料と新しい材料が入り混じり、みっともなくなる。このためか、それとも天井を改修した頃には、すでにこれだけの材料が手に入りにくかったのか、今となっては知る由もないが、建築当初の天井は、今は無い。

 大広間の現在の天井は、大広間全部を一つの部屋にした関係で、天井も一つにしてある。

日本式天井の張りかたとしては、最も厳格とされる、格天井の中の「平格天井」となっている。

 天井の高さは、台輪回りの跡等から、建築当時も概ね、今の高さと同じ11尺と思われる。

 IMG_2986それは映画をここで撮ったそうです…!その関係で‥.。