小樽財バツ何処へ ?

2016年03月07日

 むすこのクルマが大国屋の角を曲がり、警察署、裁判所をぬいて最上町へのぼっていくとき、右に白い土塀の屋敷がみえた。

 「あれが札幌の金持ちにはみられない小樽の昔の財閥の家の一つだ。そういうのはもうほとんど消えちゃったが、白カベ石垣の上にひろがる本格的豪邸は小樽のね遺物でもあった」

 「斜陽で消えたというわけか。で、子孫はどうなってるの」

 「さあ」

 むすこの愚問に答えたくないというより事実知らないから「さあ?になる。

 潮陵校の裏手にある丸ヨ野口邸は文化財的に残っている。住吉神社横の赤い屋根の西洋館井尻邸は跡形もない。すぐ近くの寿原英太郎邸も消えた。ただし神社反対側の岡崎謙邸は、高い石垣の上にちゃんとある。しかし公園通りの渡部兵四郎、稲穂町犬上慶五郎、富岡町の白カベお城風の金子元三郎、或いは荘山要吉といった金豪屋敷はもはやマボロシになったにちがいない。依然石狩湾を見おろして水天宮つづきの丘にそびえているのは、板谷宮吉邸くらいのものであろう。

 板谷、寿原そして金子元三郎、渡辺兵四郎、荘山要吉、岡崎謙、井尻静蔵、山本厚三、森正則、それに小樽初期の高橋直治といったニシン大尽、アズキ将軍、海運王、船休金、倉庫王ら往昔の金豪たちは全国に名をとどろかせた明治の傑物であった。

 板谷の三代目は、いまも船を大商社に貸し多角経営で健在であり、寿原一門も本家の外吉氏のスハラ商事がかなり実績をあげ、一門に発するスハラ食品も手固い商法でがんばっているが、スハラ産業にはもう往年の面影がない。酒造の草分けの野口吉二郎と西尾長次郎兄弟の末裔は健在で、山本厚三の孫が頑張りはじめた小樽倉庫は、米林栄夫専務の補佐で景沢良好とあるのはめでたし目出度しというところだが、金満家金野成吉の末の多くはウタカタに埋没してしまったらしい。中には井尻嫡男の正二あるいは山本厚三末弟の広谷家に左翼政治家や、弁護士など異色の子孫もいるが高橋、荘山、金子といったご大尽のあとはどうなっているのか。

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 高橋直治は「上(ジョウ)山キ」を屋号にした一代きりの政商だった。新潟県の石地村産だからエチゴ衆で、田中角栄が生れたところに近いし、日ソ友好の柴野安三郎の荒浜村や、金子元三郎の寺泊村などが近隣の村になる。このへんの貧乏むすこは、小卒になるとマツマエ(北海道)にわたってデッチ小僧を経験する習慣があった。最初は函館の商店や松前の漁場へきて、それから小樽へやってくる。札幌へきたのは函館のセトモノ屋にいた今井丸井の始祖今井荘七で福山組は小樽の高橋、金子、板谷らである。

 高橋は幼年にして両親を失い、祖母に育てられたが勘当されて来樽。山ノ上町で雑貨屋をはじめている。やがて雑穀取引所や商工会を生んでいるが、エチゴ衆らしくない派手な性分で、いつも羽織ハカマに白タビ姿で全国の雑貨相場を動かしていた。当時の日本のスーパースターであった米相場の石井定七と同じように、強引きわまる買い占めをよくやり、第一次大戦で菜豆類の主産地ルーマニアが戦場になって日本の雑穀輸出が急増したとき、一俵五―七円のアズキを十三万俵買占め有幌や朝里にねかせて、一俵十六、七円の相場をつくった。こうして得た巨財を惜しげもなく豪遊に散じて、相撲の土俵をつくったはいいが、俵の中がアズキであったから小豆将軍ともいわれた。明治三十五年に小樽区から出馬して代議士に当選、四十二年にはいったん渡辺兵四郎にまけたが、無効訴訟で当選するなど小樽商人の政界入りのお手本になった。星川座(奥沢入口にあった芝居小屋)の演説会では、ウソかホントか三千人あつまったという記事がのこされている。板谷宮吉初代は同郷なので、十歳上のこの先輩に良くアドバイスされたという。当時の小樽区の代議士得票は二百票ちょっとでよかった。投票者の資格が高額納税者にかぎられ、普通選挙になったのはずっとあとの大正十四年(一九二五)であった。かれのむすこはアメリカへ渡って学者になったと言われるが詳細は知らない。まだ終戦直後あたりまで残っていた熊碓、朝里の木造倉庫が一代かぎりの夢のあとだった。そういえば東小樽の浜は、廃船破船やニシン小屋の姿も消えて浜ガラスばかりの風情のない昨今である。

 「こんな砂利の浜で泳ぐとはダサイな」

  むすこは妙なことを熊碓の浜辺でいう。私は少年期の夏いっぱい毎日ここへ泳ぎにきたが、実に娯しいところであった。というのは海の家というヨシズ張りの脱衣場のフロが目当てでヨシズの穴から仲間数人と淑女の裸形をのぞくのだ。一度ばれて血相をかえた相手のお嬢さん、とみたはひが目で、なんとよくみたらわが家の向いの女中さん。テキもびっくり「あらッオクダの……」

 この日は朝からついていなかったのだ。

 むすこのクルマのエンジンの音で思考が中絶した。さらば上山もとわが古戦場よ。

 ~マボロシの道シリーズ

奥田 二郎

月刊ラブおたる21号~38号連載より

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