茶・紙・文房具 〇越 早川支店(色内町 電話 三一九番)㉗

2017年03月03日

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 早川支店店主川又健一郎氏は、 新潟市の人出、明治二十五年に渡道して早川本店に奉公したが、誠實に勤勉すること數年一日の如く、爲めに主家の信用を得ること頗る熱く、遂に二十九年に現在の個所へ支店を開かしめた。勤續僅か數年でのれん分けを受けたことが、氏の性行人物を認むべき第一點である。

 一概に、 大袈裟なり誇張なりと嗤うふべからず、抜山蓋世の項羽ですら、時利あらず騅行かずと嗟嘆したではないか。如何なる手腕の人でも、時運到らねば失敗も、蹉跌もする。此時此際、渾身の勇氣を出して奮闘する人は、必らず最後の勝利を得る。健一郎氏の支店經營も時利あらずして一度は多大の損失を來し、落膽失望遣る瀬なく、遂に帳簿一切を本店主人に提供し、我が不德と菲材とを陳謝して、更に他の手腕の人に經營せしめらるるやうにと請ふた。主森氏は流石に人を見るの明あり、人を容るるの量あり、川又氏は誠と勤の人で何等疚しき所なきを知る。即ち、天に不測の異變あり、地に不時の災害あり、人事皆此の如し、一敗を以て直に挫折するやうでは、決して百事成功すべきものではない。と懇々と相諭し相勵ました。氏は其徳に感泣し其言に激勵し、粉骨碎身晝夜黽勉漸次頽勢を挽囘した。不幸遼陽陥落祝日當夜、稻穂町大火に全焼の厄に遭ったが、爾來一層の奮闘は、遂に本店に次ぐの繁昌を見るに至つたのある。

 川又氏は主恩を忘れぬ爲め、 二六時ちゅう傭人と共に店努めに服してをる。店員亦た其風に化し、言行實に他の模範とすべきである。又氏は常に、今日の繁盛は一に本店信用の餘澤を蒙り、自然顧客の同情に得たに過ぎぬと謙遜して居る所に、得言はれぬ氏の美德を認められる。

~棟方虎夫『小樽』(大正三年)より

p586~588

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