小樽にある絵画の中から

2017年03月08日

 かつて私が市立小樽美術館に勤務していたころ、ロータリークラブで『小樽の屋根裏には宝物がある』というスピーチをしたことがある。屋根裏に限らず、応接間、茶の間、廊下、蔵や物置に貴重な絵画がさり気無く飾ったり、置かれていることがある。

 ある家を訪れたとき、廊下に人目をひく肖像画が飾られていた。それは宮本三郎が描いたものであった。しかも写真を見て描いたものではなく、画家のアトリエに何日も通って描いてもらっただけに作品がいい。また、別の家には岸田劉生の作品があったり、30号の児島善三郎の作品がある家もあった。

 大正・昭和初期の小樽が暖を築いた中村善策をはじめ、多くの画家の初期作品も小樽の家庭や、銀行会社、喫茶店などに残されている。

 「昔、私は小樽の銀行にあったムンクの作品が観たくてガラスふきを手伝うから作品を観せて欲しい」と頼んだら、支店長が親切に案内してくれたことを忘れない、と亡き美術家から聞いたこともある。

 このように、作品の購入に小樽の底力を示すような著名な芸術家の作品もあったり、地元の画家を支援する人々も小樽には多くいた。また、市内の学校にも貴重な作品が残されている。

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 次頁右上の作品は小樽高商(現小樽商大)二代校長、伴房次郎の肖像画で、洋画家・石井柏亭(明治15年~昭和33年)が描いた作品である。

 石井柏亭は、明治37年東京美術学校に入学、明治44年から大正元年まで滞欧。大正2年には日本水彩画会を創立し、翌3年には洋画団体の二科会を創立させた。更に昭和11年には一水会を結成するなどが暖の発展に主導的立場で活躍した画家である。

 昭和12年に帝国芸術院会員、昭和24年には日本芸術院会員に推挙されている。柏亭は、また、小品文や評論のほか詩人としても有名で、日本近代文学事典にも名を連ねている人である。

 左の写真は、昭和11年に柏亭が描いた作品が贈呈されたときのもので伴校長も写っている。

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 私は肖像画で次の2点の作品に深い感銘を受けている。それは一水会会員の小竹義夫さんが三浦鮮治画伯を描いたものと、同じく一水会の渡辺祐一郎さんが中村善策画伯を描いた作品である。 

 共に小樽出身で、お互いが長年にわたり親交を温めた間柄だけあって、描かれた人の内面がにじみ出ているからである。

 三浦さんは、この小竹さんが描いた作品をことのほかお気に入りで、いつも自宅のアトリエに掲げていた。渡辺さんは小竹さんの勧めで中村画伯を描いたと言っているが、光栄に思っていると私に話してくれたことがある。

 東京で行われた中村善策画伯の葬儀の進行や総務は、小樽出身の小竹義夫、渡部祐一郎、金丸直衛の3氏が担当していたのをみて小樽画壇のきずなを感じた。そして、一つの肖像画にまつわるドラマを思い出した

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 冬の暖房が現在のような石油になる前は、長年にわたり石炭であった。そのばい煙とタバコの煙で、飾ってある絵画はすすけてサインも見えなくなっている場合もある。しかし、古いものでも処分しないで残しておくと思わぬ発見をすることがある。

 古い新しいということでなく、その時々に、表現の可能性に情熱を傾注した作品は、郷土の歴史と共にこれからも残していきたいものである。

~小樽市史軟解 第3巻 岩坂桂二

月刊ラブおたる 平成5年11月~7年9月号連載より

 

おねがい。

『以前、小樽市の公立学校の校長室には貴重な絵が飾られています。…。』という話をお聞きしたことがありました。是非、一堂に集めて展示・公開し、市民の皆さんが鑑賞できる機会を作っていただけないでしょうか? 

 いつの日にか………。              小樽市教育員会様