時代にみる広告と小樽

2017年03月25日

 大正時代、扇風機を自動電気扇、ミシンは裁縫機械という名で売られていた。

 大正中期の商品記録を見ると「最近では、口つきの革製婦人用の手提げが流行している」という記述があるが、ハンドパックという商品名の掲載は無い。(昭和になってからハンドパックと言われるようになった。)

 マッチは燐寸、そのラベルは燐票と漢字で書かれていた。次の商品も漢字を使っていたが、現在の当用漢字にない難しい事態なのでここではひらがなを用いる。

 よく古い街並みの写真を見ると、荒物屋という店が目につく。荒物屋にはほうき、たらい、おけ、みそこし、ざる、はし、すりばち、わらじ、マッチ、あんか、こめびつ等々の商品が扱われていた。

 また、この時代に新しく登場したものに、服薬の際に用いるオブラートがあるが、宣伝用印刷物には内務省衛生試験所説明などとも記されている。

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 いま、私の手元に大正5年7月、小樽住吉座(後の松竹座)で公演された中村歌右衛門、市川八百蔵一行による歌舞伎のプログラム(19×13㌢)がある。

 興味深いのは、1頁ごとに解説と歌舞伎の墨絵が描かれていることである。更に、1頁にわたる区内業者の広告が全体の半分を占めていることである。

 歌舞伎のものだけあって、今井、亀尾、巴屋、末廣屋などの呉服店の広告が一番多い。次いで料理、和洋小間物、時計、蓄音機、ビアホール、理容店、病院と続いている。

 この時期の小樽は、第一次世界大戦前後を通して好景気を迎え、経済は好況を呈していた。もし、皆さんの手元にスキー大会その他、催し物のプログラムや、古い新聞、雑誌が残っていたら、その広告商社のスペースを見ていただきたい。その大きさでその時代の業界のすう勢を知ることができる。

 そして、当時のイラストやネーミングの斬新な感覚に驚きを感じることも多いと共に、背景の世相を知ることができる。ただ、広告に出てくる風俗となると、現在でもそうであるが、美しく見せて受け手にあこがれを抱かせようとするため、現実ばなれのものがあることを念頭において、広告の中から時代を読み取るのもおもしろい。

 イメージを売る大正時代の広告には実にいいものがある。

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 広告のイラストだけでなく、その文章表現も時代によって異なっている。

 次の文章は、大正七年に小樽区が発行した「小樽案内」という小冊子のものである。全部が句読点のない文章であるが、その中から小樽公園の観光案内を紹介したい。

 『花園町西方に在る丘陵にして面積約九萬坪四圍頗る廣濶にして松櫻梅其他諸種の樹木繁殖し且つ頂上に展望自在にして全市街は勿論小樽湾の煙波を双眸に収むると共に遠く海を隔てて雲烟模糊の間石狩天塩の連山を望むの雄大なる風景は人をして恍惚たらしむ又廣大なる運動場ありて一時に克く数萬人を容るに足る……』

 現在のカタカナ外来語の多いPRと比較すると、時代の移り変わりを感じる。そして当時、荒物屋や、和洋小間物店で売られた物はいま、民具として開拓記念館に展示される時代となった。

 これらの物を通して大正時代を懐古すると、大正文化というものに改めて心がひかれる。

~小樽獅子軟解 第3巻 岩坂桂二

月刊ラブおたる 平成5年11月~7年9月号連載より