実態調査(1992年)から その29~請負業者と石工業界

2023年07月01日

  4.請負業者と石工業界

 小樽の石造建築を語るのに欠かせない人物に、清水勝正と加藤忠五郎がいる。清水勝正は『小樽立志百撰』(明治36年刊)によると、明治20年頃建設の入舟町角江薬店(現(有)秋野)を手始めに、50余ヵ所の石造建築に関与し、小樽の初期木骨石造建築に多大な影響を与えた人物である。加藤忠五郎はここで改めて述べるまでもなく、旧北海道銀行本店などを請け負った大虎組の大工棟梁である。

 しかし、請負、大工棟梁の下に多数の石工が存在し、彼らがいてはじめて小樽の石造建築が成り立っていたことも忘れてはならない。田中石材店(当時緑町)田中玉蔵(昭和58年没)が生前書き留めた『小樽石工業界の変遷』(※18)には、小樽の石工の氏名、出身地、創業年、略歴などが記されている。最後になるが、普段あまり表舞台には出て来ない石工達の中から、重要と思われる人物を数名紹介しておきたい。

勝山乙吉    当初、稲穂町の現新海金物店で大正3年に開業してい  

         るが、それ以前は大虎加藤忠五郎のお抱え石工であっ

         た。加藤忠五郎からの信頼も厚かったという。

高橋六之助    明治42年創業。日本銀行小樽支店外装一式、日本郵船

         小樽支店および石造倉庫の石積みを手掛ける。その手

         腕、技量には定評があった。

長谷川小太郎   福井県今立郡鯖江町出身。明治40年開運町で創業。南

         小樽方面で主に活動し、酒造業者にひいきを得て、醸

         造倉庫建築にたずさわった。

田中久五郎    新潟県西蒲原郡西川村出身。海産物問屋遠藤又兵衛の

         お抱え石工であった。筆者田中玉蔵の祖父。

佐藤梅吉     山形県飽海郡山元町出身。田中久五郎のもとで10年ほ

         ど働いた後、堺町の澱粉商井上氏の出入り石工として、

         堺町の倉庫を多数手掛けた。

                      (池上)

※18~現在は山本照男(小樽石工組合長)所蔵

~p103

 

~2017.3.17