名殘の‶奥澤大根〟

2018年08月20日

畑化して工業地帯

明治から大正にかけて我が奥澤町は水源とまでの兩側は一面農耕地で當時全區民に對する唯一の野菜供給地ともいふべく奥澤大根といへば名物の一つに數へられ野菜類も住吉神社前通りに露店式にズラリと並んで市民に新鮮しかも價格の安い品を賣つてつくれた當時は奥澤のお百姓さんといへば非常に幅をきかせたものだつた星移り年變り大正十五年都市計畫法が實施され次で商業地區工業地區住居地區が決定されたが唯一の野菜供給地区であつた奥澤町は勝納川に面した地區は工業地區になつたため往年の畑地に漸次工場が設置され文字通りの工業地帯となり昔のおもかげは正に消えなんとしてゐる然しこれは我が小樽市が工業都市へ猛進したためで躍進小樽、更生小樽の縮圖といつてもよい。最近の調査によると奥澤町殊に天神町には資本金三十萬圓のゴム工場第一産業株式會社を初め十七萬五千圓の北海製綿會社、十萬圓の狩勝石鹸工業會社、五萬圓の灘ホーロータンク製作所、一萬四千圓のスタンダートローソク工場を初め東洋製菓工場、山岡鐵工場、三洋ゴム會社、北辰ゴム會社等々全く工場地帯となつて朝夕ベルトの響き、ハンマーの音が聞こえて農耕地の面影は全く消え去つた、奥澤町の農家は二代三代のさう家が少なくないが時の流れには勝てずすつかり手をあげて道路の山手側も工業地區に編入してほしいといふ陳情を市當局にして來たこの事實は果して何を語る

(寫眞上明治廿四、五年頃の奥澤四丁目附近前方は天狗山=下現在の天神町)

~小樽今昔ものがたり(上) 変る地帯 四 昭和十年十二月より

 

奥澤4丁目

附近

今年度開通予定の高速道路

天神町の上を通ります。

そして高速道路すぐ近くのこの辺りに

新幹線の駅が…。

 

「右足の治療はこれで終了することにしましょう。様子を見ながら、痛みが増してきたら来てください。」

ときどきサポーターのお世話になりながらの小樽探検になりそうです。