明治・大正の小樽をみる(その6)~北海道水産共進会 87

2019年02月12日

A 明治時代 築港海面埋立工事中の小樽。

B 明治41年 小樽区花園公園で開催された北海道水産共進会場の正門。

C 同じく北海道水産共進会場のパノラマ館

 1908年(明治41年)に札幌区において北海道畜産共進会を開催。同年、小樽区ではスケールの大きな北海道水産共進会を開催した。

 8月22日から花園小学校下の空き地に、次項写真にみられるように立派なパビリオンを作って盛大に開かれたのである。

 出品は、コンブ、ソボロ、貝柱、魚など地元小樽のものも多く展示されている。

 当時、ドイツの遠洋漁業の発展はめざましいものがあったが、この共進会場では、従来の漁業を維持改良すると共に、遠洋漁業の奨励をして、漁船の改良が急務であることを訴えている。

 そして、漁船の改良促進などのため北海道水産連合会を発足したのである。また、ニシン漁の減少に関しては懸賞金を設けて、その原因を追究研究したりするためにも、この水産連合会は道民から歓迎された。

 水産共進会会場では、多くの入場者を呼ぶため接待組織をつくり、区内の各見番から芸者さんを招き、新曲江戸錦などの踊りや、趣向をこらした催しを実施している。

 第2会場には、水族館もあり、夜の会場はイルミネーションで飾られて注目を浴びたが、それと共に大々的な仕掛花火も開催するなど、現在の博覧会のような規模のものを小樽では、明治時代に開催しているのである。

 そして、当時の新聞はこの水産共進会を空前の大盛況であったと報じている。

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 北海道水産共進会が開かれた明治41年の小樽では、この年に第2防波堤築設案が議決され、その祝賀のチョウチン行列を開催。教育関係では、手宮西小学校が創立されたり、水産学校の校舎落成式が挙行されている。

 秋には、花園橋の落成渡橋式があったり、小樽毎夕新聞が発刊されている。

 加えて、小樽築港埋立工事の落成式が開催されたのもこの年であった。

 

小樽市史軟解 4

岩坂桂二

HISTORY PLAZA 87

月刊ラブおたる より

 

今日の花園小学校 下