明治・大正の小樽をみる(その11) 92

2019年12月24日

 今から86年前の1910年(明治43年)8月に小樽で、北海道汽車博覧会が開催された。主催は、地元だけでなく全道に名を残した小樽新聞社と、この催しのために組織された協賛会の共催であった。

 小樽新聞の上田社長は「この汽車博覧会が拓殖地における人文の開発、産業の進歩に多大の効果を及ぼし、最も時期に適した有益な計画」と述べている。

 この汽車博は、小樽を皮切りにスタートしているが、小樽の次は札幌でも開催されている。小樽の会場は、中央停車場(現小樽駅)であった。

 会場や駅前通りには、小樽電灯会社寄贈の電灯が飾られ、区民はびっくりした時代であった。

 また、札幌通信局も会場に電話機を取付けたが、「不思議なものだ」と区民は語っている。

 更に、博覧会付属活動写真隊は、会場で映画界を開催したが、映画は、短編のドタバタ喜劇ものであった。これもめずらしいものとして人を集めた。

 絵ハガキも記念品として購入する人も多く、記念スタンプを押す人も長い列をつくったという。

 私が、興味を引いたのは会場の中央商品館階上で開催された油絵展覧会である。当時の小樽では、めずらしいものであった。

 藤田嗣治、和田英作、香田勝太、岡本一平のほか、小樽にゆかりのある青年画家の長谷川昇、工藤三郎、小寺健吉が出品している。この3人の描いた「ぼたん」「池畔の裸体美人」「眠れる小児」「不忍池畔の夕陽」「家門」「海の朝景色」など、今残っていたら、是非観たいものである。

 汽車博覧会の会期は、3日間だけのものであったが、多数の人が集まり、当時の新聞は「ものすごい大群衆」と報じている。 

 会場には、併せて駅前通りや色内大通りでは、協賛の連合売出しを開催し盛況であった。

 今残っているものとして、小樽新聞社が発行した汽車博記念絵ハガキがある。厚手の用紙を使い、凹凸のあるカラー印刷というデラックスなものである。

A 明治43年 小樽中央停車場(現小樽駅)で開催された北海道汽車博覧会

B 当時の新聞見出し

記念絵ハガキとスタンプ

D 同じく北海道汽車博覧会の記念絵ハガキ

小樽市史軟解 4 岩坂桂二

月刊ラブおたる

HISTORY PLAZA 92

ここで開催したのでしょう