旧手宮鉄道 擁壁

2014年07月20日

先日、

旧手宮駅から石炭を積みだした鉄道の址 擁壁 そしてトランスポーター址を目指して歩いてみました。

CIMG1871このあたり一帯に旧手宮駅が

 

鉄道が敷かれていたであろうと思う場所を追ってみました。

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CIMG1868この道路の向こう側を

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CIMG1860この中腹辺りを

CIMG1859鉄道を復元中

CIMG1858ロープをつたって

CIMG1857土砂崩れ防止の工事のようです

CIMG1856擁壁跡

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CIMG1853この上を鉄道が

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CIMG1848重要文化財です

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CIMG1845そして

CIMG1844トランスポーターへ

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なぜ、擁壁は手宮の崖沿いに作られたんだろう?

 

はじめは、「海沿いだから、今の道路(高島や祝津に向かう)が、

海岸線それとも海だったからなのだろう。」と思っていましたが、

どうも、すっきりしません。

 

しかし、この写真を見たとき、

CIMG3171 高架桟橋(小樽市総合博物館蔵)

明治44年、鉄道院は石炭積み込みのための施設としてこの桟橋を手宮に建設しました。

 

石炭を船に積み込むためには、この高さが必要だったのでは!

それにしても、明治にこれほどの建造物を作る技術力を持っていたこと、明治維新後の急速な発展に驚かされました。