小樽のサンタクロース「廣井勇」

2021年09月14日

 サンタクロースは家々を回って自らプレゼントしますが、朝目が覚めて靴下から開けて喜ぶ子供たちの顔を見ることはできません。だから神がかって伝えられます。

 小樽の北防波堤(明治41(1908)年竣工)は日本人だけで造った本邦初の外洋防波堤ですが、これを設計し施工管理した廣井勇は、この防波堤を礎に発展した小樽の港を後年見た形跡がありません。廣井は農学校(現北大)の二期生の一人ですが、同気にキリスト教思想家内村鑑三がいます。農学校はキリスト信者のクラークを教頭としていましたので、当然キリスト思想の影響が出ます。しかし廣井は思想を思想として伝えるより、思想を必要とする安定した経済環境を造ることが先決と判断します。「衣食足りて礼節を知る」との格言通りです。とくに「あらくれ」の多い小樽が、港湾商業を基幹産業として発展するためには、防波堤は欠かせないと見極めたと思えます。だから昭和3(1928)年に廣井が没した際、内村は弔辞を述べ廣井を「工学的良心」と言い、後年工学を志向する研究者の間で「日本近代港湾の父」とも言われました。

 廣井は小樽のサンタクロースといえます。

重機でコンクリー斜め埋め込み工事〈小樽博物館 蔵〉

北防波堤の全容が表れる〈小樽博物館 蔵〉

 

NPO法人OBМ(Otaru Branding Marketing)

より