首里城から見るグスク石積み

2026年04月06日

―琉球列島の独自の技術を知る―

首里城に見える石積みの大半は沖縄戦により失われてしまったが、現在も見ることのできる石積みの姿からかつての首里城における城郭としての特徴を洗い出していく。それと共に琉球列島における石積み構築技術の展開について、その発生から完成までを各地に残る石積みグスクから見ていく。

グスクに見る石積み技法の変遷

―石積み技法の編年化とその高層化を考える―

はじめに

 琉球列島の中でも沖縄本島及びその周辺離島から奄美大島にかけて「グスク」と呼ばれる遺跡が分布している。そのグスクの特徴としてよく挙げられるのは日本本土の城よりも早い時期に石積みをたようしているという点がある(註1)…

(本土~安土城から石垣が本格化1500年代 グスク~1350年)

註釈

(註1)グスクの石積みが日本本土の城より早い時期に盛行していたことは戦前から指摘されており、注目すべき点として挙げられている(鳥羽1942)。

野面積み→切り石積み→あいかた積み

昨年登った 久米島の宇江城グスク

布積みⅡ類 中城グスク

『グスクの石積みは中国の影響で曲線の石垣が多いと思っていましたが、琉球独特の作り方だったということを知りました。』

首里城にはオリジナルの石積みが現在も残っているとのことでした

沖縄県立博物館・美術館

博物館紀要 第15号抜粋

 

講師:山本 正昭 氏

(沖縄県立博物館・美術館 主任学芸員)