貿易に大きく寄与 富田虎雄
2026年09月09日

港湾問題民間の権威者
『小樽港は現在、商港として中継港的な性格を帯びているが、工業的要素を加味した商工港に移行しなければ、その発展はあり得ない』…小樽港の将来を語る富田虎雄の表情はきびしい。
資本金五千万円、臨時人夫も含めて従業員六百人。年間四億五千万円から五億円という小樽港運作業株式会社の社長だけに、こと港湾に関しては、道内では右に出る民間人がいないといわれているほど、港湾問題にかけては権威者。
明治三十年拾月生まれというから六十七歳と九カ月。秋田生まれ。大正も末近きころ小樽高商(現小樽商大)を卒業、すぐ、日本郵船に入社。いらい参与となり昭和二十八年春退職するまでの三十一年間、営々と勤め上げた。この間、支那、満州に転じては、社業推進に功績、さらに海軍の要請で機帆船をかり集め、日東開運社長代理とか北支那開発の嘱託となったり、『よく働き、よく働き』の連続だった。
『性格円満、非常にち密な頭脳の持ち主。それに仕事熱心だし、小樽経済発展のために、実によく尽くしている』とは郵船運輸倉庫社長で、小樽港湾振興会会長深野明雄語るところの〝富田虎雄評〟。
仕事本位だが気さくに従業員になにげなく話かけるあたり、さすが『従来の秋田人のイメージを破った部下思いの人情家』と部下たちから信望されているゆえん。
識見豊か。指導力と実行力に富み、経営者としての手腕を見せはじめたのは、港運作業社長に就任してからが、なお顕著。
とくに独自の経営安定ばかりでなく、常に本道経済の振興を図るには、貿易の促進が急務と力説、戦後民間貿易の再開を機会に、各地に貿易協会を設立、これらの統合団体として北海道貿易会を設立、昨年六月解散するまでの十三年間もの長きにわたって会長を勤めた。
さらにこのかたわら、北海道国際貿易促進協会、北海道出品協会、小樽植物検疫協会、小樽貿易協会の会長として指導的立場にあった。
このほか港湾関係では、道港湾運送秩序確立連合協議会長、北海道港湾福利厚生協会長、北海道海事広報協会副会長など、枚挙にいとまがないほど多くにのぼり、道内貿易港の港湾整備、または、多年の海運業従事の経験を生かし、道内各地に欧州航路、アメリカ航路、豪州航路、フィリピン航路、台湾航路、中共航路にいたるまで、どんどん外航船を寄港させ、直接貿易に大きく貢献したのは、市民も記憶に新しいところ。
富田虎雄の舞台は、ちっぽけな小樽ばかりでなく、全国、全世界に向かって、展開されることだろう。
小樽経済百年の百人
北海タイムス社編
昭和四十年六月十六日~昭和四十年九月二日連載
そば会席 小笠原
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