絶対な信用誇る 小川麻治郎 と…
2026年09月13日

来年は創業五十周年
『きまじめ一方の人。それだけに信用は絶大。まあコツコツと地道な商売を続けてきたのが今日の大をなしたのでしょう』とは麻治郎を知る人たちのことば。『何事もおとくいさんのおかげ。これがあったからこそ商売ができたのです』麻治郎はこう謙虚にその商売を語っている。
明治二十年一月十八日、富山県で生まれた。父儀三郎は農業をしていたが、麻治郎は二男だったため『何か商売をしよう』と考えて目をつけたのが北海道。に十歳のとき『一旗あげよう』と同郷の寿原弥平次=寿原商店社長=をたよって小樽にきた。店員として本店で三年ほど働き、その後色内の支店をまかされた。
大正四年、三十歳のとき、店をやめて畑違いのオモチャの卸しを始めた。麻治郎は『独立するとき、なんの商売をしようといろいろ迷ったが、オモチャは少しの資本でやれるし、また資金の割合に回転率がよい。〝そうだ、これだ〟と思いましたね。それでなにしろ当時一銭、二銭の商売でしょう。よくオモチャをしょって市内のほか後志地区、札幌方面にも出かけ、小売り店に売りさばきまました…』といっており、こうして来年三月には創立五十周年を迎える。
店をはじめたとき、麻治郎のきまじめな商法が当たっておもしろいほどもうかった。『なにしろ小さい商売ですからね。注文とってきて代金引き替えというわけで貸し売りはしませんでした。いまは現金売りといっても、商売はむずかしくなってそんなことはできませんが、当時はまあ一歩一歩やろうというわけで地道に商売をしたわけです。』大正十五年には樺太に進出、またに、三年後にはスキーの卸し販売にものりだした。当時のスキーを手がける業者は少なくこれが大当たりだった。
そこで『スキーを一つ自分でも作ってみよう』というわけで大正八年札幌の苗穂にスキー製造工場を設け、昭和六年合名会社小川商店を設立。同十二年に『どうも札幌では不便』とスキー製造工場を小樽の松山町に移した。戦争中はスキーの軍需工場になったが、オモチャの方はさっぱり。まあ苦しい時代だった。しかし戦後はオモチャ商売も盛んになりグングン伸びていった。
二十九年株式会社として社長に就任したが、店の経営は長男の麻吉、二男の昭治、娘ムコの宏一にまかせている。資本金千三百五十万円、オモチャ、スキーのほか自動車用品にも手を広げ、年商二億五千万円、業界のしにせとして麻治郎社長の信用販売は大きく実った。
(敬称略)
小樽経済百年の百人
北海タイムス社編
昭和四十年六月十六日~昭和四十年九月二日連載
と
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