業界のけん引車 岡本今朝己

2026年09月14日

貫き通した商いの信念

 ムシロ、カマス、ナワなど、いわゆるワラ工品を扱うこと四十六年。本道ワラ工品業界の元老。いまなお第一線で指導的立ち場にある。

 小樽ワラ工品組合長、北海道ワラ工品協会長、中央ワラ工品需給対策協議会常任理事など岡本今朝己は、キタワラ商事社長としてばかりでなく、業界のよきまとめ役として、その実力が高く評価されている。

 大正のなかば、おじのすすめで小学校教員の職を投げ出して、生まれ故郷の長野県松本市から北海道に渡った。函館でおじが営む雑貨店を手伝うこと六年余、ワラ工品をも取り扱っていたため『農水産業など、本道開発に必要な第一次産業の基礎資材として、ワラ工品の需要は伸びるいっぽうだろう』と着眼、函館に岡本合名会社を設立、ワラ工品を専門に扱いだした。大正十五年、今朝己が二十九歳のときだった。

 そして十年、戦いが始まると、この業界も統制会社を設立することになり、道内の大どころを占めていた小樽、函館の業者、それにホクレン道信漁も交えて小樽に北海道ワラ工品配給会社を創設、常務取締役として常勤。戦後統制解除となるや、いち早く昭和二十一年、小樽でキタワラ商事株式会社をおこした。

 資本金二百万円、富山、新潟、秋田、青森などに営業所を開設、従業員も六十数人にのぼったほど華々しいスタートを切った。

 〝真実と公平〟を常に念頭に置いて、比較的相場の激しい扱いものであっても、『売りでも買いでも、一度契約したものであったらあくまで遂行する』と、商いの信念は四十余年間貫いてきた。

 『金もうけはへただ』と批判されることも、これまで再三再四。ソロバンを度外視、太っ腹なところが調書でもあり、経営者的な短所でもあるといわれている。

 だが、現在、資本金を八百万円に増額、年間三億五千万円の商いをするいっぽう、戦前の自由経済時代、統制時代、統制解除後の自由経済時代…というふうに、目まぐるしく変わった三代を歩んできた実績が示すように、全国ワラ工品業界でも、よい意味での顔役。

 またまがったことが大きらい。半面、業界のためなら私財を費やししてまで走り回る責任感の強いところもあり、文字どおり業界のけん引車だ。そのためには勉強も人一倍、包装用資材として、ポリエチレン、ビニール類が出回ると、さっそく取り扱いの方向をふり向け、現在はワラ工品六にたいし四まで迫っているほど。

 『いかに時代の変遷に乗り遅れないようにするか、各協同組合など、系統機関との競合をどう調整して行くか、私に残された課題の一つです』と語る今朝己のヒトミから一瞬、壮年のような強い光が漂った。いかにも〝信念の人〟らしい一面が偲ばれた。

 

小樽経済百年の百人

北海タイムス社編

昭和四十年六月十六日~昭和四十年九月二日連載