小樽で最も古い…⑤

2026年10月18日

 

拾日 雨天

本日一番列車にて泰一殿帰国いたされたり。停車場まで見送す。午後出帆にて為三郎殿天〇海岸出張されたり

十一日 雨天風なし

十二日 曇天風なし

本日三上伊兵衛殿来店(小樽)

  野口氏

十三日 曇天風なし 午後夕方微雨

本日色内方面行く

十四日 曇天

本日住吉神社祭典により参詣す。

十五日 曇り時々晴

十七日曇天午後時々晴れ

本日羽幌会管野辰吉様小樽来訪

十八日 晴天朝雲なし

今にて袷の時候

十九日 本日晴天午後は曇

本日色内行き木部殿へ御目に掛かるその他為替受取日本商業にて当座預金二百九十円也局にて百四十円受取り若松町にて三十円受取りこれより百五十円持参す。

本日国へ出状す先山〇昭君 夕方より雨降り店中

20日 晴天夕景に少々曇り

本日公園地あり喜七様と色内町に至る。木部六三郎殿にめんかいせり帰途三上伸平殿方に立ち寄りけり

二十一日 晴天少し曇り

二十二日 晴天少し雲あり

本日午後出帆にて〇吉様、次〇岩内地方へ出張す

二十三日 晴天日中八十五度

本日為に助殿帰〇小樽

二十四日 雨天降り 日中七十五度

本日国元より来状大阪先山状す

二十五日 曇天

本日日商へ当に行く

二十六日 青天夕に六十六度

本日夜十二時迄奥様〇〇来る

二十七日 曇り微雨 微晴 七十五度

本日色内六にか 掛合及び三忠より吉野殿の〇を受け取りブリキヤへ火鉢に付きにて出行く

二十八日 曇り

色丹方   帳 

二十九日 晴天

本日色内町方へ帳   途中   食す

三十日 雨曇天

 

八月

十三日

彦根新町宅及び市田へ暑中見舞い出す

十八日 晴天

国より来状本日十五なり

十九日 晴天

野村〇郎かた重三郎ようやく出状 

 

九月

十四日

午後九時出帆の日高丸にて稚内港に至り船賃三円五拾銭但し舟中にて切符を買し為に一割増し

 

※参考事項

♧野口

醤油、北の誉酒造の創業者で有名な野口吉次郎((1856年(安政3年)~1933年(昭和8年)も石橋商店で修業した。明治30年に独立しているようである。

野口吉次郎にとって明治35年はケジメの年だった。独立して5年。小樽駅開業で稲穂地区が開発ブームに沸き、醤油販売は好調そのもの。跡継ぎの喜一郎は庁立中学に合格。

 

♧気温の表示は華氏である。

日本でも明治時代(~昭和初期)には華氏が使われていた。

華氏(F)(摂氏(℃)+32)✖1.8

 

♧余市町

余市町(よいちちょう)は、北海道後志綜合振興局にある町。

小樽市から車で約30分、札幌市やニセコから車で約70分、新千歳空港から車で約110分の距離に位置している。

余市町には縄文時代の早期以降から各年代の遺跡が発見されており、近世から現代においても北海道内有数の交易場所、ニシンの千石場所として栄えた。

1902年(明治35年):北海道鉄道により鉄道敷設し余市駅開設。

 

♧岩内町(いわないちょう)は、北海道後志綜合振興局管内にある町。岩内郡に属す。

1751年(宝暦元年)近江商人の恵比須屋(岡田)弥三右衛門が岩内・古宇の両場所を請け負う。(これが岩内町の開基である。)

 

♧マルヨ

石橋商店で修業した人たちが北海道各地で店を開いていった。その屋号が「丸ヨ」だった。喜一は北見(当時野付牛)で開いた店は、「丸ヨ中川商店』であった。北見で喜一家族は「マルヨさん」と呼ばれていた。北海道各地にある丸ヨの屋号をもつ店は石橋商店出身者であった。