三年無給

2014年08月04日

しょうゆと酒造りで失敗し、親類から総スカンを食って故郷を離れやってきた小樽は、明治19年7月住吉神社祭礼の翌日でだった。吉次郎31歳。船中で出会った利尻の漁場親方に紹介された人に頼んで、ようやく古着の行商を始める。親子三人六畳一間の長屋、戸がないので拾ってきた筵(当時、米のとれない北海道、むしろも貴重だったことでしょう。)を入口に垂らしただけで冬越しに入る。冬仕事は石炭人夫だけ。はしけから石炭を本船に担ぎ揚げる。浜で一番危険な重労働だった。体力的にも先が見えていた時、醤油醸造に気を動かしていた色内町の呉服商石橋彦三郎に出会う。《人との出会いが財産》という言い方がピッタリ。 (※1)

 新事業への資本投下は、三年経たないと金にならないから、給金の出どこがないと、初めに念を押される。「親子三人食べさせて頂ければ結構です。」と答え、足掛け四年、丸三年の無給生活を辛抱した挙句、「醤油の事は一切任す。百円以上の支出だけは相談してくれ。」と主人から申し渡される。初めの約束通りにすぎない、との考え方もあるが、現代感覚からすれば不合理極まりない酷い話だが、当時としては普通だったそうだ。しかし、人物を見込まれるという、当時の商法のサンプルみたいな話だ。 (※2)

 時代の流れに敏感な石橋は、色内の呉服店をたたんで奥沢に蔵を建てて醤油醸造業に専念。野田のキッコーマン、上州のキッコーショウと並ぶ日本醤油御三家の一つに数えられるにいたる。

 石橋(彦根出身)から江州商人の合理精神を学ぶことによって、以後の小樽商人吉次郎が生まれる。独立して店を構えた稲穂の湿地が、半年後に小樽中央駅前になり、勝納川口の船着き場が野口商店前に移る。小樽の街が南樽方面から大きく移り始めたという地の利に加え、函館との鉄道が開通して小樽商圏の内陸部拡大にも拍車がかかった時期にも恵まれた。

 石橋からの独立に伴い野口商店に移った人の出身地は加賀12、江州3。しかも、三兄弟1、二兄弟2と縁戚も濃密。言語・習慣が違う他国人は使いづらい、と、店内を身内で固める当時の状況をよく物語るエピソードだ。

 こんな時代に独立して五年目がけじめの年。明治35年、駅開業で稲穂地区は開発ブームに沸き、醤油販売は好調そのもの。跡継ぎの喜一郎は庁立中学に合格し、故郷二日市の墓地に両親の墓を建立する。両親の墓を建てることは成功のシンボルであり、石もて追われた移住者が故郷に飾った錦は親の墓に始まり、さらに金沢別邸・神社造営と続く。

 明治44年金沢城の大手門に近い武家屋敷街の一角を占める木谷邸を買う。あまりの豪壮さに持て余し、地元では手を出す人がいなかったそうだ。金沢別邸購入を巡り、

①故郷へ錦を飾るのは石川県人の憧れ

②渡道前に受けた金沢商人のひどい仕打ちへの思い返し

③余生を真宗のメッカ金沢で念仏三昧に過ごしたいとの法縁

などの理由が挙げられている。

 生まれ故郷での錦に囲まれた16年間の金沢生活から、やはり小樽でと決めたのが大正15年。欲しいという土地会社に買値の十倍24万円で売って、代金決済が済んで8か月後に大火で焼失する。「なんたる幸運、神の如き予見」と地元新聞が報じた。

 吉次郎のツキは、二代目喜一郎、三代目清一郎と続き、今は、四代目。潮見台の丘上の和光荘は「北の誉れは野口の誉れ」と持て囃された喜一郎設計の大正建築である。

(会議所の百年・小樽商人の軌跡 第5回故郷の錦   小樽商工会議所百年史執筆者 本多 貢   より )

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※1~「醤油づくりの算段を立ててみよ。」彦三郎氏に言われるまま、吉次郎が出した収支計画書は、金沢での苦い経験から利益の少ないものの堅実なものでした。これが並み居る杜氏希望者のなかで彦三郎氏の眼鏡にかなったこと、さらに小祝長次郎氏が「野口については自分がどこまでも責任を負うから是非使ってもらいたい。」と保証人にたってくれたことで、吉次郎は無事丸ヨ石橋商店に雇われることになります。、、、。

 

 ※2~そんなある日、吉次郎は主人の彦三郎氏から呼び出され、思いもかけぬ言葉をかけられます。「この3年間、よく辛抱してくれた。悪いことだと思ったがお前の真底を試すために何度も過酷、非常な扱いをし、いつ根をあげるかと見ていたがとうとう辛抱しとおした。実に見上げたものだ。厚く礼を言いますぞ。」彦三郎は、これまで一度たりとも見せなかった心からの笑顔とともにこう語り、今後醤油業についての一切を吉次郎に任せ、100円までの資金を自由に使えるように取り計らったのです。当時の100円と言えば、新築一戸の建つ金額ですから、相当な権限移譲と言えるでしょう。、、、、、。

 

 

※は 北の誉酒造りミュージアム酒泉館~北の誉が誕生するまで~ より