市立小樽図書館

2014年10月02日

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図書館

 風が冷たい。枯れ葉が歩道を走っていく。

 冬の足音が聞える小樽公園_。その一角に市立小樽図書館があった。

 木造だが洋風のしゃれた造り。板を規則正しく横に積み重ねたような外壁に、縦長の大きな窓の造りに独特の味がある。

 大正十二年の建築物。その古さを物語るように、建物の横からにゅうっと二本、煙突が空に伸びていた。

 周辺の静かなたたずまいは、読書ばかりでなく散歩路としても絶好である。

 この閑静な地を求めていたように、明治後期から大正初期にかけて、一人の老人が近くに移り住み、生涯を閉じた。

 幕末の激動期にその名をとどろかせた新撰組_その創立者‘十三人衆‘の一人であり、近藤勇、沖田総司に次ぐ幹部・永倉新八の晩年の姿が、その老人だった。

 池田屋騒動に象徴される京都全盛時代から鳥羽伏見の敗走、甲陽鎮撫隊の失敗まで、波乱の青年期を送った新八は、組が四散したあとの明治二年、故郷の松前藩に帰ってきた。

 だが、その後も血が騒ぐのか、鉄道の走った小樽ー樺戸監獄の剣術指南ー札幌農学校の剣道指導ー東京・牛込での剣道場開設と、各地を転々とめぐり、最終的に明治三十六年から小樽に腰を落ち着けている。大正四年一月、七十七歳で他界。

 新八が、なぜ晩年の地を小樽に選んだかは定かではない。

 だが、小樽の町並みの落ち着き、そのしみじみとした味わいは、波乱の人生を振り返るのに最もふさわしい地であったに違いない。

~小樽スケッチ18 昭和54年11月10日 読売新聞より~

 

DVC00011.JPG小樽の建物より

 

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CIMG6136ステンドグラス