三〼そば本店(三〼温泉)

2014年10月01日

開拓の村に行ったら、必ず見る建物。

 CIMG6105小樽にあった店だったんだ‼

CIMG6106上の写真は離れ~木骨石造2階建 下の写真は三〼屋本店~木造2階建 建築年 明治42年(1909年)ころ

 

三〼そば本店

繁盛を極めた歴史的遺構

 小樽発祥の地であり、最も栄えた町であった現在の住吉町界わい。明治四十年頃に、故・河本徳松さんがこの地に、木造二階建ての三〼河本そばを新築、開業しました。当時の国道に当たる幹線通りに沿っていたこともあって、多くの人々に、宴会や食事の場として利用され、たいへん繁盛しました。しかし、残念ながら、この明治期に建てられた貴重な建物は、現在小樽にはありません。三代目にあたる河本道子さんが昭和六十一年に江別市野幌にある北海道開拓の村に寄贈されたからです。開拓の村側から再三の申し入れに、決心がつくまで五年もかかったそうです。

 延べ約九十七坪のこの建物を一度解体して運び、六十三年にようやく復元・移築が完了して、現在一般公開されています。

 しかし、大正の終りから昭和の初期に建てられた離れは、そのまま残っており、河本さんがそこに住まわれています。

 三年間干した建材を使ったこの離れは、完成にいたるまで五~六年の歳月が費やされたそうです。

 総檜張りで、当時全道一の腕前といわれた、張江さんという方によって建てられ、七十年近くたとうという今日でも、ほとんど‘くるい‘というものが生じていません。また、天井裏には、雪の重さに耐えるためのバネがしかけられているというように、みえないところまでしっかりと、手がかけられています。

 母屋が開拓の村に移築するまでは、離れに隣接して便所がありましたが、この便所はなんと、一枚岩を削ってくりぬいたもので、とてもめずらしく、「三〼に行ったら、便所をみてこい。」とまでいわれていたそうです。

 玄関に入ると最初に目にとび込んでくるのが、石倉のどっしりとした扉で、永い年月がたっていながら、ほとんどいたみがなく、きれいなままです。廊下にはチーク材でつくられたピアノ、座敷には紫檀、黒檀のテーブル、けやきの戸棚、当時のガスストーブ等々、まるでアンティックショップにでも入ったかのような気分になります。一歩洋間に入るとそこは別世界、白壁がとても美しく、網代張りの床はまるで盛り上がっているかのように見え、立体感があります。全体的な印象は、細かいところにまですべて、てまひまをかけ、妥協を許さない職人気質のようなものを感じました。

 今はもう、ここには三〼そば本店というのれんはなく、かわって三〼温泉という看板があがっています。自分の敷地の庭にボーリングして温泉を掘りあて、これを家庭まで配達販売しているのです。また、すぐ近くには全道最古といわれる銭湯(小町湯)をもち、こちらも温泉がわいています。

 「自分の庭に温泉がわき出ていて、いつでも、好きな時に入れるという事は、私にとって最高の贅沢であり、幸せでもある。」との、河本道子さんの話でした。

 

語り継がれる町 おたる 「ねっとわーく小樽」総集編第2号(平成五年四月発行)より

 

 CIMG1465この道が

 CIMG1466当時の国道に当たる幹線道路

CIMG6004三〼屋の離れ

CIMG6001温泉のポンプ?

CIMG6005

CIMG6006

 

CIMG6007全道最古の銭湯~若竹町

DVC00008.JPGDVC00014.JPG

 

CIMG6000入舟町にある三〼支店~大八栗原蒲鉾店のすぐ近くです