河豚(続々)

2014年12月21日

 下関人の話によれば下関、馬関、広島、別府方面におけるふぐの商い高は年々六十万円を下らないとほこる。これを話半分にして三十万円のふぐが年々ひとの口に入るわけだ。

 それが一人前さいこうの五円当たりにして六万人分であるから一人前一円くらいから商う料理店などを加えて口数を想像するとき、話半分の三十万円から概算しても、なおかつ、十万人分くらいにはなるはずである。これだけのものを商う料理店、その他専門店等のふぐ料理からは一人の中毒者さえ出したことがないといってまた誇る。これはわたしは信じてやってよいとする者である。しかして、この危険なき実際状態を目撃し体験する者からは、もはや、常識上かりそめにもその不安に駆られてよい訳合いのものではないという結論が生まれるわけだ。

 ふぐを料理する法といっても実はそうむずかしいものではない。生きたるふぐを条件としてただ肉中骨中の血液を点滴残さず去ることのみの仕事と解してよい。だが、何だと云って軽々に取り扱う気になる蛮勇は止めて貰いたいが、それにはなにをおいてもまず下関、馬関、別府等、本場の専門的包丁人によって作られたものを食うという常識を必要とする。

 死んだ河豚を料理しては危険のある場合が多い。また素人料理にうかうか安心してはいけない。ふぐによって命を失ったという話の全部が全部、素人包丁の無知が原因となっている事を銘記する必要がある。価の廉い場合も注意すべきだ。(昭和十年)

 

 

~魯山人著作集 第三巻 料理論集 五月書房  著者 北大路 魯山人より

 

 

 

『魯山人は、ニシン・数の子をどう思っていたのだろうか?』