カテゴリー:乾児 絆

  • 「千歳鶴」の醸造 岡田市松

    日付:2022年10月24日 カテゴリー:乾児 絆

    各方面の後進の指導 酒豪といわれる人は数多いが、市松は百石のタンクにちょっと欠けるぐらい飲んだといわれる。百石というと一升ビンにしてざっと一万本、けたはずれの酒豪といえるだろう。年代ははっきりしないが、五十歳ぐらいのころ […]

  • うそのない商法 北 秀太郎

    日付:2022年10月10日 カテゴリー:乾児 絆

    年商謙虚な経営方針貫く 秀太郎は『忍』『和』』『正直』この三つの言葉を一貫して守り抜いてきた。それだけに』『正直者がバカをみるようではいかん』と口ぐせのようにいい、この三つのことばを会社のモットーにしてきた。 『私どもの […]

  • 努力でつらぬく 辻 喜四郎

    日付:2022年09月20日 カテゴリー:乾児 絆

    職工から今の地位に 鉄工所の職工からたたきあげ、今日の地位を築いた努力の人…それが喜四郎の横顔である。PTA会長をしているので、学校の祝辞を述べるのによく出かけるが、そんなとき『私は家が貧しかったので色内小学校の六年聖を […]

  • 率先してやる人 大橋 幸弥

    日付:2022年09月19日 カテゴリー:乾児 絆

    誠実をもって貫く 小樽石油石炭株式会社社長の幸弥が開口一番語ったことばは『仕事は一にも二にも三にも誠実をもって貫く』である。この言葉は幸弥の長い人生の信条であるが、その現われは同社が三十七年から実施しているプロパンガスの […]

  • やん衆の慈父 青山政吉

    日付:2022年09月18日 カテゴリー:乾児 絆

    口すっぱく安全操業を提唱 『朝起きは三文の徳』『酒飲んでもくずすな』を終生のオキテにしては、みずからにきびしい青山政吉は、高島漁場(高島、祝津地区)のやん衆たちから慈父のように慕われていた。 安政二年三月山形県酒田市にう […]

  • 小豆将軍の異名 高橋直治

    日付:2022年09月17日 カテゴリー:乾児 絆

    雑穀で本道経済の一角 雑穀にかけては本道に右に出る商人おらず〝小豆将軍〟の名をほしいままにし、本道経済の一角を成した。 新潟は苅羽郡石地町に生まれたのが安政三年一月、生活的には困窮な境遇で志業を北海道の地に求めた。明治八 […]

  • 南米航路を開設 犬上慶五郎

    日付:2022年07月12日 カテゴリー:乾児 絆

    汽船十七隻で 造林-鉱山に手出す『秒を追うごとに、金がザラザラはいってる』と、世人にいわしめた慶五郎は、滋賀の産。慶応元年三月、この世に生を受けた。読み書きを寺子屋で手習い、若くして本道雄飛を決行、函館に渡って同港を出入 […]

  • 元貴族議員 犬上慶五郎 翁

    日付:2022年07月11日 カテゴリー:乾児 絆

     同氏は慶応元年松前郡福山に生れ、幼にして函館に出て長じて小樽に移り回漕業を営む。 明治四十一年始めて汽船札幌丸を北海道炭礦鉄道より購入し船舶業を開始し、爾後年々業務を拡張し、殊に欧州戦乱以来事業好況に進み本道有数の多額 […]

  • 汚職の船成金 犬上慶五郎

    日付:2022年07月11日 カテゴリー:乾児 絆

     大正末年、元耄に遠隔操縦されていた無責任政治の中で、政治資金をめぐる大規模な疑獄事件も相次いで発生した。。中でも大阪松島遊廓事件はその極付と云われている。これは女郎部屋団地ともいうべき遊廓の移転について、土地会社の重役 […]

  • 個人の栄光からマス時代へ

    日付:2022年07月10日 カテゴリー:乾児 絆

     本欄の前執筆者脇哲氏の列伝人物も含め、豪商として登場願った小樽商人は五十余名。商人(あきんど)の腕を思う存分にふるって、今日の小樽を築いた群像である。 ここに〝豪商〟としてはとうじょうさせなかったが、まだまだ書きたい商 […]