お知らせ・日記

  • ニシン漁家列伝 小樽関係抜粋 小樽内場所③

    日付:2017年01月18日 カテゴリー:鯡

    渡辺 兵四郎 小樽市 兵四郎は弘化三年(一八四六)出羽国の城の生れ、幼名を佐助といった。蝦夷地で新天地を開こうと万延元年(一八六〇)小樽内に渡り、山田兵蔵家の店員となる。主家の信任篤く三〇才で主人の一字を貰い、兵四郎と改 […]

  • 小樽に於ける商人の出現と各種商業の変遷(七)

    日付:2017年01月17日 カテゴリー:発見・新事実

    二 漁業家の繁栄期と鰊漁 随て凶作に依て鰊漁業家が次第に衰退するにつれて、拓銀、道銀等もっとも本道と縁故の深い銀行は、道庁の道産業育成の方針に従ってそれまでに多額の資金が固定して、大に窮する結果となった。茲に於て昭和の初 […]

  • 共催展

    日付:2017年01月16日 カテゴリー:日本郵船・日本銀行・海陽亭

     やってきました10月は博物館で聞きましたのでやはり日本銀行でもしかし…。そんな中、興味を持ったのが二点。その1~小樽に公設市場が出来たのが大正8年(1919年)と大正9年(1920年)手宮(錦町52)色内(稲 […]

  • 小樽に於ける商人の出現と各種商業の変遷(六)

    日付:2017年01月15日 カテゴリー:三井銀行・三井物産

    二 漁業家の繁栄期と鰊漁 明治の末のまだ小樽市内に明るい電灯の普及しない、町行く人も提灯で路を照らして歩く頃でも、此等の人々の邸宅の座敷にはガス灯が煌々と輝き、毎夜の様に互に招き合って饗応する習慣の漁業家夫妻は、海産商や […]

  • 小樽に於ける商人の出現と各種商業の変遷(五)

    日付:2017年01月14日 カテゴリー:発見・新事実

    二 漁業家の繁栄期と鰊漁 高島町史に依れば、『祝津海岸僅か数百間の間に於て明治初年から建網業者として興亡するもの四十数名』とあって、鰊漁の盛況と併せてこの為産を投じたものの少なからぬ事を物語っている。此れと同業、熊臼、朝 […]

  • 料理は道理を料(はか)るもの

    日付:2017年01月13日 カテゴリー:魯山人

     日本料理の革新を叫んで星岡を始めたころ、わたしが板場へ降りて仕事をしだすと、料理材料のゴミが三分の一しか出ないと、ある料理人からいわれた。料理材料の不用分をわたしが処理すると、捨てるところが減少してしまうからである。わ […]

  • ニシン漁家列伝 小樽関係抜粋 小樽内場所②

    日付:2017年01月09日 カテゴリー:鯡

    内田 甚八・末作 小樽市熊碓(現桜) 甚八は福山(松前)生れ。安政年間に熊碓に出稼し、小樽の将来性をみこして、そのまま熊碓に定住した。明治に入ってからは、建網に着手し、嗣子末作のときは、熊碓の前浜に一統、張碓に二統、一時 […]

  • 小樽に於ける商人の出現と各種商業の変遷(三)

    日付:2017年01月07日 カテゴリー:発見・新事実

    一 はしがき…その名を轟かしたのである。 斯して先ず商人として海産商が発生し、これ等の証人は海産物を取扱うと同時に多くは、当時本道奥地の開発と鉄道路線の延長に伴って、大小豆、菜豆、馬鈴薯其他の多量の農産物が小樽の市場に蒐 […]

  • あっ 同じ

    日付:2017年01月06日 カテゴリー:出会い

    第一大通を歩いているとこのしめ飾りうちのと同じだ先月18日、しめ縄づくり一緒の方だ見せていただいたのは 確かこれ『プロ顔負けの出来栄えに!』これもこれも手づくりしたんだ! 店のしめ飾りともう一個、作ってみました […]

  • 小樽に於ける商人の出現と各種商業の変遷(ニ)

    日付:2017年01月05日 カテゴリー:発見・新事実

    一 はしがき 明治以前の所謂運上屋時代には、運上屋自体が豊富な資力で、独占的に漁獲した鰊や鮭の製品を、自己の所有する千石船(弁財船)に積んで、北陸一体の港や、関門、四国、尾の道、兵庫、大阪、名古屋まで輸送して此れを売り捌 […]