カテゴリー:乾児 絆

  • ‶材木王〟に君臨 増田久五郎

    日付:2024年06月27日 カテゴリー:乾児 絆

    『商都小樽』建設に貢献』 大正半ばから昭和にかけて‶材木王〟の名をほしいままにしていた久五郎は、明治元年石川県は江沼郡大聖寺に、農家の長男として生を受けた。呉服反物を背負い、売り歩く小商いをしていたが明治二十五年、だれも […]

  • 鋭い先見の明 坂口茂次郎

    日付:2024年06月26日 カテゴリー:乾児 絆

    初のインチ材 輸出をする 『人物覚書帳』(茶碗谷徳次著)は茂次郎についてこう書いている。『一見大阪商人風なさわりの柔らかい人で、特に座談のじょうずな人だ。ただ坂口氏を難ずるものは人間がうすっぺらだというのである。それは人 […]

  • 最初の公衆浴場 能島繁蔵

    日付:2024年06月24日 カテゴリー:乾児 絆

    道路の建設にも尽力 手宮の中央バスターミナル手前に通称‶能島通り〟という通りがある。明治十年ごろ繁蔵は手宮に農場を開くとともに錦町五二に新居を構えた。数年後札鉄道が敷かれ、手宮が起点になると一帯は日の出の勢いで発展した。 […]

  • 世界をまたに 亀田浦吉

    日付:2024年06月23日 カテゴリー:乾児 絆

    自力本願で『木材王』に 『人間千人の味方を得るより、確実に一人をつかみなさい。ほんとうによく自分を知ってくれる一人が一番大切なのです。この人が必ず、また幾人かをとらえてきます。一歩一歩、堅実に自力によって足場を固めていく […]

  • 家庭暖房を確保 横山準治

    日付:2024年06月22日 カテゴリー:乾児 絆

    日支事変を契機に 奔走し統制会社を作る 『横山が一番力を入れたのが、戦前は道石炭統制会社であり、戦後は道議だった。いわゆる人の上に立って物事を行なう人だったから石炭統制会社時代には彼が中心となって活躍したのだろう』と大橋 […]

  • 教育者タイプ 伊勢谷吉蔵

    日付:2024年04月24日 カテゴリー:乾児 絆

    養父の財産を守り抜く 『市議をしていた当時の吉蔵を知っているが、ともかく温厚な人がらで印象のよい人だった。青森生まれで演説はお世辞にもじょうずとはいえなかったが、まあ当時の市議としては学識者であった』吉蔵の借地人だった工 […]

  • 初代の消防組長 二代目井尻静蔵

    日付:2024年04月19日 カテゴリー:乾児 絆

    消火機動力ふやし、報知機も 昭和二年に手宮町一帯をなめつくした‶手宮大火〟というのがあった。あれよあれよという間に五百余戸を焼いたというから小樽始まって以来の大火だったに違いない。それまでの消防力というのは常備消防は少な […]

  • 庶民の金融機関 土肥順太郎

    日付:2024年04月02日 カテゴリー:乾児 絆

    質屋の全道組織作る 昭和年代にはいって間もなく小樽質屋業組合長をしていた順太郎は、東京で開かれた全国質屋業大会に道代表として出席した。席上どういう内容の話をしたのかは知れないが『北海道にも大変な雄弁家がいるもんだ』という […]

  • 業界三位の実績 川合佐平

    日付:2024年02月17日 カテゴリー:乾児 絆

    戦後、出張販売で 戦後、対岸貿易が封鎖され、樺太への移出が途絶した商港小樽は斜陽のみちをたどったが、北海道林屋製茶もその例外ではなかった。『真岡、豊原両支店を失ったことは大きな痛手だ。しかし過ぎたことはしかたない。その販 […]

  • 日本の雑穀王 林松蔵

    日付:2024年02月15日 カテゴリー:乾児 絆

    第一次大戦当時 ロンドン相場を動かす 第一次世界大戦のころ『ロンドンの豆相場を動かした男』といわれた雑穀輸出商。小樽港に初めて外国船を誘致したのも松蔵の力が大きかった。 松蔵は若くして来道、当時有幌町にあった中村支店の専 […]