お知らせ・日記
-
田村 平治 (その二)
日付:2015年06月23日 カテゴリー:人
C~愛蔵の器。上は魯山人の織部、右は清水六兵衛、左は正倉院天平馬の写し。「何を盛ってもええ。名器は料理を選びまへん」 ー関東の味つけに驚かれたことは? 「初めて本格的な江戸前料理を見たときは心底、魂消まし […]
-
文学の中の小樽 北原白秋 「旅窓読本」
日付:2015年06月20日 カテゴリー:その他
独特の情緒が漂う都通り ~「銀座並みのにぎわい」~ 箱館戦争で官軍に抗し、三年にわたる入獄の後、ふたたび北海の地を訪れた旧幕臣榎本武揚は、開拓使庁のすすめにより小樽の地所の払い下げを受けた。郷土史家に、よく知られてい […]
-
千代田生命ビル
日付:2015年06月19日 カテゴリー:その他
当時は唯一の鉄筋の建物だった千代田ビル ~当時は見物人も 市内高層建築の先駆~ 建て物はそれほど古くはないが、鉄筋コンクリートのものとしては市内でも由緒あるもの。昭和五年六月地鎮祭、同慈雨一月上棟(とう)式、翌六年十月 […]
-
写真が語る大正時代のある一日~渡橋式 6
日付:2015年06月17日 カテゴリー:大正5年(1916年)ころ
大正12年8月5日、本市花園橋の渡橋式が行われた(渡初式ともいう)。 翌日、小樽新聞の見出しは「人波を打つ花園橋の渡橋式」として、その様子を全道に報じているが、当時の活字は現在使われていない漢字が多いため、一部を新漢字 […]
-
フード特区
日付:2015年06月16日 カテゴリー:発見・新事実
テレビも、新聞も、そしてこのごろはラジオもあまり聞かなくなりましたが、話を聞きたくてやって来ました。 北海道は全国で唯一 「食」の国際戦略総合特区としての指定を受けています こんな話や こんな話も ありましたが 最も心 […]
-
明治・大正の小樽をみる(その3)~文化的な土壌 84
日付:2015年06月15日 カテゴリー:大正5年(1916年)ころ
A 花園町側からみた水天宮神社 この頁の写真Aは、水天宮神社の丘を花園町側から写したものである(右上が神社)。この神社については以前このHISTORY・PLAZAで記述したことがあるが、19世紀の安政年間に水天宮を祀るこ […]
-
あのころの山
日付:2015年06月14日 カテゴリー:人
赤岩山「窓岩」 拙著「小さないただき」の赤岩山小史に、社会人が岩登りをはじめたのは一九三四(昭和九年)と書いたが、この書のために古い書庫で資料を探しているとき、もっと早いことがわかった。リーダーの菅谷重二氏(以下、単に […]
-
文学の中の小樽 武者小路実篤 「或る男」
日付:2015年06月13日 カテゴリー:人
石造倉庫や問屋街が続く堺町かいわい ~初恋の人の住む町~ 明治四十四年(一九一一年)五月、札幌に白樺派の先輩作家有島武郎を訪ねた武者小路実篤は、そこで満二十六歳の誕生日を迎え「誕生日に際しての妄想」と題した長詩を書い […]
-
明治・大正の小樽をみる(その4)~文化的土壌豊か 85
日付:2015年06月09日 カテゴリー:見直せわが郷土史シリーズ
小樽には、第1から第3までの火防線があった。第1火防線は日銀の通りで、第2火防線は駅前通り、第3火防線は龍宮神社通りである。共に港に向かってタテの通りになっている。写真Aは、大正時代における第2火防線の通りである。この […]
-
二つ目の袋澗
日付:2015年06月08日 カテゴリー:その他
小樽にも袋澗があったのでは、と思わせる跡が。 一つ目は ここ熊碓海岸 人為的に造られたと思う場所(2月7日参照) もうひとつ、気になる場所は。 のすぐ下 やはり人為的に 造られたと思われるこの場所 青塚食堂の向かいの […]
そば会席 小笠原
北海道小樽市桜2丁目17-4電話:0134-26-6471, 090-5959-6100
FAX:電話番号と同じ
E-mail:qqhx3xq9k@circus.ocn.ne.jp
営業時間:10:30~21:30
定休日:月曜日
