カテゴリー:乾児 絆

  • いまの協会病院 慈恵病院を築く 初代 早川両三

    日付:2023年05月12日 カテゴリー:乾児 絆

    情愛深い苦労人 明治三十五年秋のこと、夜両三宅に電話を借りにきた近所の娘さんが、電話のそばで泣いているのを両三が気付き、家の者に事情を聞かせた。その娘さん、父親が病気で寝ていたが、急に病状が悪化したため医者の来診を頼んだ […]

  • 独力で電灯舎 倉橋大介

    日付:2023年05月11日 カテゴリー:乾児 絆

    明治28年初めて灯す 明治二十八年一月、小樽に文明の光が投じられた。大介が独力で経営した小樽電灯舎(加力発で)が百三戸(三百戸ともいわれている)の民家に百三十灯の電気を初めて送電したのだ。 『おーい、大家の家に電灯という […]

  • 其水堂印刷所を創立 塩野喜作

    日付:2023年04月25日 カテゴリー:乾児 絆

    組合の結成にも奔走 現在奥沢村二ノ三四にある桑山其水堂印刷所の創立者。喜作は元治元年山梨県平等村に生まれた。村役場の書記にあきたらず明治二十三年八月、二十一歳のときに来樽、キト旅館の客引きとして住み込んだ。その後名取金物 […]

  • 海運の先導 藤山要吉

    日付:2023年03月30日 カテゴリー:乾児 絆

     深川から増毛に至る留萌本線。そこには十二の駅がある。それらの駅名は北海道の地名と同じパターンでアイヌ語の意訳や訛化を和語にしたものが多いが、そういう常套とは異なって日本人の姓を冠したのが三つもあるから他の鉄道線に比べて […]

  • 開墾企業家 沼田喜三郎

    日付:2023年03月30日 カテゴリー:乾児 絆

     北海道の地名がの大宗がアイヌ語に依拠していることは云うまでもない。純然たる日本語を出典としている例は極めて尠いがいわんや人名になぞらった場合等は微々たるものだ。 仁木は仁木竹吉。京極は京極高徳。北村は北村雄治。月形は月 […]

  • ニシン漁に君臨 白鳥永作

    日付:2023年02月08日 カテゴリー:乾児 絆

    祝津 ‶ご三家〟の一人 青山留吉、茨木与八郎、白鳥永作の三人を祝津町の人たちは‶ご三家〟と呼ぶ。ニシンの大網元で明治、大正、昭和にかけて栄えた家。漁のことから町のもろもろまで、この三人が集まらなければ何事も決らなかった。 […]

  • 仏教で店員指導 村住三右衛門

    日付:2023年02月06日 カテゴリー:乾児 絆

    毎年、利益の平等配分も 三右衛門は弘化余年三月十一日石川県能美郡御幸村で農業を営んで居た村住八平の二男として生まれた。父親八平は貧農にいやけをさし三右衛門が少年のころ、農業をきらって家を出たまま行え不明となった。その後、 […]

  • ふ頭建設進める 寺田省帰

    日付:2023年02月03日 カテゴリー:乾児 絆

    「北辰社」の主幹で来樽 一口にいって太っ腹な、いたって話のわかる人。死に金を出すことをなんとも思っていない。会社、公共事業など頼まれたものにはなんでも出した。こういった面はちょっと俗人の目には理解できぬほど。それほど省帰 […]

  • 海運、銀行の設立 向井嘉兵衛

    日付:2023年02月02日 カテゴリー:乾児 絆

    家憲「利益を社会奉仕」 向井家の隆盛のために①子孫を反映させること②利益の二割は社会奉仕にすること③名誉職につかぬこと…という家憲がある。三代目向井真吾(札幌在住)=中△(なかうろこ)向井=はこれをよく守り質素をむねとし […]

  • 政界の大立て者 板谷順助

    日付:2023年01月26日 カテゴリー:乾児 絆

    本道の農業立国訴える 本道政界の大立て者で、昭和の初め衆議院議員として活躍した。 『北海道は農業で生きるべきである』というのがこの人の持論で、日高、上川、雨竜地方に農業を経営、農業の指導機関である道農友会の会頭として当時 […]