カテゴリー:乾児 絆

  • 仕事一筋の人 柴野仁吉郎

    日付:2023年01月25日 カテゴリー:乾児 絆

    陰ひなたなく懸命に 仁吉郎は明治二十年十月十日新潟県柏崎市荒浜で漁網製造業柴野仁十郎の長男としてうぶ声を上げた。 仁吉郎は長男という重責から中学を出ると家業を継いだが、毎年暮れになると父が漁網の代金を集金するため、来道し […]

  • 小樽‐新潟間定期航路の開設 板谷宮吉

    日付:2023年01月24日 カテゴリー:乾児 絆

    英国から貨物船を購入して 宮吉は一代の成金なり、越後国刈羽郡高浜町大字宮川の人。安政四年一月生まる。明治十六年志を北海道に立てて小樽に渡来し苦境に処して健闘すること数年その後独立して商業に従事…。『北海開発事績』にはこう […]

  • 本道でも米を 石橋彦三郎

    日付:2023年01月23日 カテゴリー:乾児 絆

    上川百万石の生みの親 上川百万石の米産地の生みの親といっても過言でない。兄彦三郎の営んで居た呉服商を手伝っていたころから本道特産の大豆を生かすのはしょうゆと、兄の死亡後しょうゆ醸造を始め、東京、大阪方面へどんどん送り込み […]

  • 民衆の航路の開設 藤山要吉

    日付:2023年01月21日 カテゴリー:乾児 絆

    藤山財閥の基礎を作る 『商都小樽を語るには、藤山要吉なしにはあり得ない』といわれるほど、小樽の発展に尽くした藤山要吉は、嘉永四年七月、秋田は久保田本町、油製造業古谷多兵衛の二男として生を受けた。 慶応三年、大政奉還のとき […]

  • 実業界の巨人 金子元三郎

    日付:2023年01月20日 カテゴリー:乾児 絆

     本道実業界の巨人といわれた人。小樽で海陸、物産、肥料販売のかたわら海運業を経営した。また日本生命保険、帝国海上運送火災保険の代理店となり、さらに銀行業にも関係したほか農場を開くなど俗でいう多角経営の祖である。 当時イン […]

  • 水産業発展に 渡辺兵四郎

    日付:2023年01月19日 カテゴリー:乾児 絆

    吉兵衛補佐し副会頭 明治十四年ごろ、現物納めの水産税に道内の業者は立ち上がっていた。これは当時の水産税が他の税率に比べ高く、また納税方法が各地で違ったこともあったが、役人の検査を受け租税を納めないと生産物の販売ができない […]

  • 初代の商工会頭 山田吉兵衛

    日付:2023年01月18日 カテゴリー:乾児 絆

    人徳偲んで山田町 山田吉兵衛は、小樽商業会議所(現在の小樽商工会議所)の初代会頭である。今年七十周年を迎える小樽商工会議所の創立者の一人だ。吉兵衛の会頭期間は短かった。が引き続き特別議員として商工業のため活躍した。吉兵衛 […]

  • 一代で豪商に 山田兵蔵

    日付:2023年01月17日 カテゴリー:乾児 絆

    (兵蔵によって切り開かれた当時の山ノ上町=向かって右)嘉永元年に名主役 銭函漁場開発の片腕 小樽の開基百年に最も意義深い人である。嘉永元年穂足内村(いまの小樽)の名主役になり、この日から数えて市は開基百年としたいわば小樽 […]

  • 小樽経済百年の百人

    日付:2023年01月16日 カテゴリー:乾児 絆

     小樽市はことしでちょうど開基百年を迎え、八月一日に盛大な記念式典を計画している。これは福山の商で、のち小樽の素封家となった山田兵蔵が嘉永元年(一八四八年)に名主役に命ぜられ、当時の小樽内場所が村並となったときからかぞえ […]

  • 網巻き装置を考案 青木貞治

    日付:2023年01月13日 カテゴリー:乾児 絆

    いまも第一線 近代漁法の草分け 貞治は半生を海と戦い、漁業に生きてきた。大正七年ごろすべての漁船は網にかかった魚を上げるのに、網を手で引き上げていた。非能率と動力による巻き上げを考えていた貞治は、発動機を使った巻き上げ機 […]