カテゴリー:乾児 絆

  • 荒野買い、宅地造成 青木乙松

    日付:2022年12月28日 カテゴリー:乾児 絆

    欧州大戦時に巨富築く 乙松はいわゆる投機ハダの人ではなかった。どちらかというと律儀な人がら。朝七時には起きて当時社長をしていた株式会社小樽病院に出勤。また宅地造成の現場監督に出向いたりしてまじめな生活ぶりだった。だから逸 […]

  • 楽しく働く場を 寿原九郎

    日付:2022年12月20日 カテゴリー:乾児 絆

     事業繁栄の理念を貫く 『事業を繫栄させていくには、使用人が楽しく働けるふんいきを作らなければならない…』と力説する九郎は、積極的に明るく楽しい職場とするため力を入れる。物静かで、かといって一本筋のとおった性格の九郎は明 […]

  • 緻密で思慮深い 寿原外吉

    日付:2022年12月19日 カテゴリー:乾児 絆

    何事にも前進する若さ 小樽商工会議所会頭を十年間もつづけている本道の代表的経済人で札幌の広瀬会頭と並び称せられている。 『ち(緻)密に物事を考えとにかく思慮深い人である。一見むずかし屋に見え、よく人の誤解を受けるが、つき […]

  • 週休制に先べん 村山美喜生

    日付:2022年12月17日 カテゴリー:乾児 絆

    寿原食品 敏腕に高い評価 年商約二十六億円、この十月には増資、資本金二千五百万円となる総合食品卸し業『寿原食品』の社長として、その敏腕ぶりは道内外の業界から高く評価されている。 【一流商品を扱おう】【一流の信用を得よう】 […]

  • 勤倹貯蓄よく働く 寿原英太郎

    日付:2022年12月15日 カテゴリー:乾児 絆

    新知識で家業を拡張 『人として生まれたからには死ぬまで働かなければいかん…無為徒食は絶体許されない』英太郎は口ぐせのようにいっていた。家のお勝手に達筆な字で『働かざるもの食うべからず』と書いたはり紙をして、それを自ら実行 […]

  • 寿原弥平次 英太郎父子

    日付:2022年12月14日 カテゴリー:乾児 絆

     〇井 今井の傍系会社〇二 藤武良は〇井を今日にあらしめた創業の三兄弟藤七、武七、良七の名をかたどったものである。まさに毛利家の家訓を地でゆく三矢体制であるが、現在に見る‶寿原コンツェルン〟の発展も弥平次、猪之吉、重太郎 […]

  • 小樽市市場株式会社 寿原食品を創設 寿原重太郎

    日付:2022年12月14日 カテゴリー:乾児 絆

    初の賃借対照表使用 『成功のこつは、一歩前進にあり』『お金をむだに費やすな』『なんでも素質を作っておけ、時を無為に過ごすな』重太郎は口癖のようにいっていた。寿原商店の経営にあたって、洋式のシステムを採用。和紙に線を引き、 […]

  • 誠実と信念貫く 山本 勉

    日付:2022年12月10日 カテゴリー:乾児 絆

    幅の広い識見の〝人格者〟 『事業でもなんでも、誠実と信念を貫き通すことが私の信条です』-開口一番、さりげない口調で語りかけるが、それを裏付けする格好な話題がいまなお業界や社内で語り草になっている。 昭和三十五、六年といえ […]

  • 海産卸しのはしり 山本久衛門

    日付:2022年12月09日 カテゴリー:乾児 絆

    初のミガキ加工も 久衛門は商売一徹に打ち込んだがんこ者だった。当時のお金で十万、二十万円と大損をしても、〝それは見込み違いだったのだからしかたがない〟と決して苦にしなかった。そして〝商売をしていると損することもある。だか […]

  • 弱冠32歳で会頭 山本厚三

    日付:2022年12月08日 カテゴリー:乾児 絆

    学生時代は外交官志望 大正四年、時の経済界の大立て者高橋直治と小樽商工会議所会頭の座を争った厚三は、一票の差で高橋直治を破った。弱冠三十二歳の会頭が小樽に誕生したのだった。 山本本店は南浜町にあり、倉庫、船舶、漁業、農場 […]