お知らせ・日記

  • 氷割船(ザイワリセン)がやってきたぞー(一)~⑤

    日付:2019年01月06日 カテゴリー:見直せわが郷土史シリーズ

     チョンマげ 明治七、八年にはまだ三分の一の市民が時代劇のようなヘアスタイルだった。床屋は明治二年ごろに開業した桜井四郎治というのが元祖で、十年ごろまで五、六人の職人が歩いていたという。歩くというのは店をかまえず、注文が […]

  • 60年前の人口北海道一だった!(二)~④

    日付:2019年01月06日 カテゴリー:見直せわが郷土史シリーズ

     話を山ノ上町の海陽亭に戻すと、もとは官船通済丸の板前松井某が魁陽亭としてはじめて次に長谷川某、つぎに有名な宮松家一族、そして今の宮松重雄社長の代ということになるらしいが、ここで言いたいのは信香町から都心が北上していく過 […]

  • 60年前の人口北海道一だった!(一)~④

    日付:2019年01月06日 カテゴリー:見直せわが郷土史シリーズ

     高名な作家、山口瞳の作品に「小樽、海陽亭の雪」(小説新潮)がある。ところどころぬいてみるー。 「雪の道が長い。小樽は坂の多い町である。北海道の原野の奥中に住んでいる人は、小樽へ来ると、妙に懐かしいような嬉しいような思い […]

  • お女郎町が灰になって中心地が北へ(二)~③

    日付:2019年01月06日 カテゴリー:見直せわが郷土史シリーズ

     ところでコンタン町が一夜にして灰燼に帰した。明治十四年五月のフェーン現象による大火である。奥沢入口の芝居町から発火して旧小樽の中心部六百戸が灰である。内地から出稼ぎ根生の侘住居は木と紙ばかりでサア燃えてくれといわんばか […]

  • お女郎町が灰になって中心地が北へ(一)~③

    日付:2019年01月06日 カテゴリー:見直せわが郷土史シリーズ

     いまでも信香町には遊廓の建物がボロボロになって二つ三つ見ることができる。明治のはじめの弦歌さんざめくユメのあとである。 小樽のよそからきて小樽を愛する人がいる。ここには札幌などとちがって昔の姿が方々に残っているからだと […]

  • 入舟川口か勝納川口か 小樽発展のモトは?~②

    日付:2019年01月06日 カテゴリー:見直せわが郷土史シリーズ

    明治七年のオタル平面図(北海紀行より)南樽が先に 「テミヤ、ここは高島より旅立つ人をおくるところ。テミヤの番人のメカケに高尾という美女あり」 文化五年(一八〇八)、つまり間宮林蔵がカラフト探検を敢行し、会津、津軽両藩がエ […]

  • 大昔、小樽湾なんかなかった。(二)~①

    日付:2019年01月06日 カテゴリー:見直せわが郷土史シリーズ

      で、小樽で一番古いとなれば厚手の縄文土器群で三千年か五千年前と思われる。 そうした時代はアイヌ民族かコロポックルか、それとも多民族かとなれば学説が色々にぎやかになるが、コロポックルは今日では説話にすぎないというのが定 […]

  • 大昔、小樽湾なんかなかった。(一)~①

    日付:2019年01月06日 カテゴリー:見直せわが郷土史シリーズ

    クマウシ   魚乾棚のあるところ(熊碓)オコハチ   鰊群来のところ(於古発川ー色内川)テミヤ    テンムヤ 菅藻の寄る岸オタルナイ  砂丘の中の川。小樽の語源(アイヌ語) この小樽の土地にどんなオトコとオンナたちが住 […]

  • はじめ

    日付:2019年01月05日 カテゴリー:その他

    2019年買物はじめは大鍋 大フライパン大やかんのあるで1㍍以上はあるでしょう『こんど、メジャーを持って来よう。』新南樽市場では、出迎えてくれました生だこたらの頭「今日、船が出る予定だけど、この天気だからしばらく入らない […]

  • あえて29日に

    日付:2018年12月29日 カテゴリー:2026(R8)店

    12月12日のしめ縄づくりの際、講師である自然の村の職員の方が「飾りをつけるのは27日、28日、30日…29日は苦が来るので…。」「いや、あえて福が来ると考えて、つける人もいます。」と、おっしゃっていました。そこで、福が […]