お知らせ・日記

  • 日本郵船小史9~(五)欧州大戦より第二次世界大戦まで

    日付:2017年09月13日 カテゴリー:大正5年(1916年)ころ

    (大正3年ー昭和17年)(2)北日本汽船会社の設立と樺太航路に於ける対立関係小樽を起点とする樺太庁の樺太命令航路の経営者は当社の外に大阪商船(大礼丸筑後丸就航)本間合資会社(駿河丸・幸成丸)山本久右ェ門(敦賀丸)の3社で […]

  • 小樽の碑文 6 入船地区(1)住吉神社境内 高橋利蔵 その二

    日付:2017年09月10日 カテゴリー:祭り・祈り

       住吉神社境内の碑文等1 玉垣 (1)遠藤又兵衛 須原末治 明治四十四年七月 日 最前列      (2)生國伊勢國一志(いちし)郡黒田村川原木造 (現在 三重県一志郡嬉野町川原木造。同黒田(分村している))     […]

  • 北海道の地名 (4)小樽市内 桃内

    日付:2017年09月07日 カテゴリー:その他

    桃内 ももない ツコタン、ポンツコタンの東隣。岩岬のあいだの小平地の名、川名。永田知名解は「ヌㇺオマナイ。果実沢。ヌモマナイと呼ぶは急言なり。当地李樹多きことは先輩の日誌に見えたり。今桃内村と称するはヌモマナイと呼ぶは転 […]

  • オタモイへ  (小樽さんぽ より)

    日付:2017年09月06日 カテゴリー:オタモイ・赤岩

    田口智子の小樽さんぽ2 歴史編「廣部幸太郎」という人物の存在 オタモイ海岸は、ニセコ積丹小樽海岸国定公園の一部であり、かつては海水浴場としても大変にぎわった景勝地です。また、明治時代には乳授け子宝地蔵として有名になった「 […]

  • 北海道の地名 (4)小樽市内 あいかっぷ 

    日付:2017年09月06日 カテゴリー:オタモイ・赤岩

     あいかっぷ 塩谷の入江の北東角の立岩岬から次の窓岩岬のあいだの海際の断崖の処の名。永田地名解は「アイガㇷ゚ aigap。能はず。故に名く」と書いた。aikapは会話文の中では、ただ「できない」という意味でよく […]

  • 第十一話 オタモイ回顧

    日付:2017年09月06日 カテゴリー:オタモイ・赤岩

    より オタモイの海は透明でつめたい、岩場の浜は泳ぎやすく楽しい慈愛にみちた母の海です。景色も輝いて素敵なのです。山から見おろすと海の底まで絵の様に明るく竜宮の眺めです。遠い積丹やにぎやかな蘭島や余市の砂浜とも遠い別世界な […]

  • オタモイの象徴・唐門

    日付:2017年09月06日 カテゴリー:オタモイ・赤岩

     大正末期から昭和の初期にかけての小樽は、ニシン漁を中心として、街は活気にあふれ、隆盛を極めていた。オタモイ海岸の断崖の通路山門の建設、白蛇弁天堂、演芸館、そして龍宮閣、遊園地に自動車道の建設など、次々と観光地、オタモイ […]

  • 北海道の地名 (4)小樽市内 忍路 

    日付:2017年09月05日 カテゴリー:その他

     忍路 おしょろ 小樽市内の字名、旧郡名。元来は忍路の入江のことである。この解説が多い。 ①上原熊二郎地名考は「名義ウシヲロなり。則入江と訳す」と書いた。ウショロ(ush-ro 入江の・中)の意。 ②松浦武四郎 […]

  • 北海道の地名 (4)小樽市内 蘭島 

    日付:2017年09月04日 カテゴリー:その他

    蘭島 らんしま 小樽市西端の字名、川名。松浦武四郎の東西蝦夷山川地理取調図ではラヲシユマナイ、西蝦夷日誌ではラゴシュマナイであるが、ほかに例がなく解しにくい。永田知名解が「ラノシュマナイ。下り入る処。古え虻田アイヌ山を越 […]

  • ニシン漁家列伝 小樽関係抜粋 忍路場所③

    日付:2017年09月04日 カテゴリー:鯡

    本間 栄太郎 忍路郡蘭島町 栄太郎は明治二〇年二月一一日忍路に生まれ、蘭島で育つ。二二才のときから忍路の鰊漁場に歩方の一人として参加。三〇才のとき独立して歩方網の親方となる。その後昭和三六年まで、直営を避け、一貫して、歩 […]